ふとした瞬間に、昔の失敗や恥ずかしい出来事を思い出して、胸のあたりがキュッとなることがあります。
「もう終わったことなのに」「忘れたいのに」と思うほど、余計に頭から離れなくなってしまう——そんな経験は、多くの人が持っています。
この記事では、
- なぜ、過ぎたはずの出来事がいまでも苦しくよみがえるのか
- 「忘れよう」とするほど苦しくなる理由
- 記憶を消そうとするのではなく、「あの頃の自分」と付き合い方を変えていく考え方
- 具体的なワークや、思い出してしまった瞬間の対処法
- それでも消えない後悔と、これからの自分をどうつなげていくか
を、少しずつほどきながら考えていきます。
ポイントは、
・失敗の記憶は「今の自分を責める材料」にしなくていい
・あの頃の自分を、今の自分が少しずつ“味方側”に引き取っていく
という視点です。
全部を一度に変えようとしなくて大丈夫です。
読んでいく中で、「このフレーズだけ心に置いてみよう」「このワークだけやってみよう」と思えた部分があれば、それだけで十分だと思います。
ふと思い出す「あの場面」に、なぜこんなに苦しくなるのか
忘れたつもりなのに、急に再生される記憶
昔の失敗を思い出すタイミングは、だいたい「今はそこまで切羽詰まっていない瞬間」に現れます。
- お風呂に浸かっているとき
- 布団に入って、スマホを置いた直後
- 電車の中でぼんやりしているとき
- 仕事の区切りがついて、少し息をついたとき
頭がヒマになったとたん、
「そういえば、あのときあんなこと言っちゃったな」
「なんであんな行動をしたんだろう」
と、まるで動画を再生するみたいに、細かい場面までよみがえってくることがあります。
思い出した瞬間、身体はかなり正直です。
- 顔が熱くなる
- 胸のあたりがギュッとする
- ため息が出る
- 「あーーー!」と声にならない声を飲み込みたくなる
ここまで反応が大きいと、
「もう何年も前のことなのに、いつまで引きずってるんだろう」と、自分にあきれてしまうかもしれません。
脳は「危険だったこと」をよく覚えている
でも、これには脳のクセも関係しています。
私たちの脳は、
- 嬉しかったこと
- 何でもなかった日常
よりも、
- 恥ずかしかったこと
- 怒られたこと
- 危なかったこと
など、「危険かもしれない」と判断した出来事を、強く・くっきり保存しやすいと言われます。
それはもともと、
「同じ危険をまた繰り返さないように」
という、生き延びるためのしくみでもあります。
つまり、昔の失敗を何度も思い出してしまうのは、
「忘れるなんて危ない。ちゃんと覚えておきなさい」
と、脳が真面目に仕事をしている結果でもあるんですね。
「忘れたい」と思うほど、強く残ろうとする
さらにやっかいなのは、
「忘れたい」と強く思うほど、その記憶が“特別扱い”されてしまう
ということ。
- 「あのことだけは、思い出したくない」
- 「考えたくないのに、勝手に浮かんでくる」
と、特定の記憶を「特別な存在」にしてしまうと、
脳はそれを“重要なデータ”だと判断して、余計に手放そうとしなくなります。
その結果、
- 忘れようとする
- 余計に気になる
- また思い出して落ち込む
というループに入りがちです。
ですから、
「思い出してしまう自分」を責めるのではなく、
「それくらい強く残る出来事だったんだな」と認めるところから
付き合い方を変えていく必要があります。
「あの頃の自分」を、今の自分と切り離してみる
過去の自分=「今の自分」とは別の人
昔の失敗を思い出して苦しくなるとき、
頭の中ではだいたい次のような会話が起こっています。
- 「なんであんなことしたんだろう」
- 「あのときの自分、本当に最低だった」
- 「もっとこうできたはずなのに」
ここには、暗黙の前提がひとつあります。
「あの頃の自分も、今の自分も、同じレベルで判断されるべき」
という前提です。
でも実際には、
- 知っていること
- 経験してきたこと
- 周りの状況
- 体力・メンタルの状態
どれを取っても、「あの頃」と「今」はかなり違っています。
本当は、
「別の情報を持った、別の条件の人」
を、一つの物差しで裁いているようなものなのですね。
一人の登場人物として眺めてみる
そこでおすすめしたいのが、
「あの頃の自分」を、一人の登場人物として眺めてみる
という視点です。
たとえば、ドラマや小説の一場面を思い浮かべるようにして、
こんなふうに言い換えてみます。
- 「あのときの“あの人”(=過去の自分)は、こういう状況だった」
- 「あの人は、あそこで精一杯の選択をしたんだな」
視点を少し離すことで、
- 「バカだった」という一言で片づけるのではなく、
- 「あの条件の中で、何を知っていて、何を知らなかったのか」
が見えやすくなります。
もちろん、今の自分から見れば「もっとマシなやり方」はたくさん浮かぶかもしれません。
でもそれは、
「今だから分かる答え」
であって、
「当時の自分にも、当然分かっていてほしかった答え」
とは限らないはずです。
記憶を消そうとしない。「意味のつけ方」を少し変えてみる
「失敗=黒歴史」と決めつけると、苦しさが続く
私たちはつい、過去の出来事に「一言ラベル」を貼りたくなります。
- あれは黒歴史
- 消えてなくなりたい思い出
- 思い出すたびに嫌になる出来事
たしかに、そのくらい痛かった出来事だからこそ、今でも苦しくなるのだと思います。
でも、ラベルを一度「完全な悪」にしてしまうと、
そこから何かを受け取る余地がなくなってしまいます。
「あの失敗は、何の役にも立っていない」
「あのときの自分には、何の救いもない」
という見方は、
過去の自分だけでなく、「今の自分」にもダメ出しを続けることにつながります。
できるだけ小さくてもいいから、「別の意味」を探してみる
ここで、少しだけ視点を変えてみます。
「あの出来事には、“あれ以外に”どんな意味があっただろう?」
と、問いを立て直してみるのです。
たとえば、
- あの失敗があったから、人の痛みに敏感になった
- 同じことで悩んでいる人を見たとき、「分かる」と言える
- 自分にとっての「これだけはもうしたくない」というラインが分かった
- 無理をしすぎるとどうなるか、身をもって知った
こうして挙げた意味は、
決して「失敗して良かった」と言い換えるためのものではありません。
そうではなく、
「あの出来事は、私にとって“それだけ”ではなかったかもしれない」
という余白を作るためのものです。
記憶そのものは消えなくても、
そこにくっついている“タグ”を少し書き換えることはできる、というイメージです。
「あの頃の自分」と付き合い方を変えるための、ゆるいワーク
ここからは、実際にやってみられるワークをいくつか紹介します。
紙でもスマホのメモでも、頭の中だけでも構いません。
ワーク①:三つの視点で、その出来事を書いてみる
一つの失敗について、
- 当時の自分の視点
- 今の自分の視点
- 第三者(やや優しめな大人)の視点
の三つに分けて書いてみます。
1. 当時の自分の視点
- どんな状況だったか
- どんな前提で動いていたか
- 何を期待していたのか
- 何を知らなかったのか
「言い訳」でも「正当化」でもなく、
そのときの自分の中にあったものを書き出してみます。
2. 今の自分の視点
- いま振り返ると、「こうしたほうがよかった」と思うところ
- 実は、周りの人の立場にもなれるようになってきたところ
- あの出来事が、自分に残している影響(良い面も、しんどい面も)
ここでは、「反省」を細かくしすぎないことも大事です。
大切なのは、
「今の自分が、その出来事をどう理解し直しているか」
を知ることです。
3. 第三者の視点
少し想像力を使って、
- 数年先の自分
- 同じ経験をした友人
- 少し年上の、信頼できる誰か
になりきって、その出来事とあなた自身を見てみます。
- 「あの状況で、その年齢で、そこまで抱え込んでいたのか」
- 「よくあそこから今ここまで来たな」
- 「たしかに失敗だったけれど、一方でこういう面もあったよね」
と、“自分以外の誰か”がコメントしているように書いてみると、
今までとは少し違う見え方が出てくることがあります。
ワーク②:「そのときの制約リスト」を作る
失敗を思い出して自分を責めてしまうとき、
私たちはたいてい「前提」の存在を忘れています。
- あのときの自分は、何を知らなかったか
- どんな事情・制約があったか
- どんなプレッシャーの中にいたか
これらを書き出して、「そのときの制約リスト」を作ってみます。
例:
- 最初の職場で、右も左も分からなかった
- 周りに相談できる人がいなかった
- 断ったり、NOを言う練習をしたことがなかった
- 家庭や健康の悩みも重なっていた
これを見ると、
「今の自分」が想定している「理想的な動き方」を、
「当時の自分」に求めるのは少し酷かもしれない
という感覚が、少しずつ湧いてきます。
ワーク③:「あの頃の自分」に手紙を書いてみる
定番の方法ですが、とても力を持っているワークです。
ポイントは、「説教の手紙」にしないこと。
「なぜあんなことをしたの?」
「もっとこう動くべきだったでしょ?」
ではなく、
- そのときの自分が、何に怯えていて
- 何を大事にしたくて
- どこで無理をしていたのか
に目を向けながら書いてみます。
たとえば、こんな始まり方でも構いません。
「あのときの私へ。
いまの私は、あの場面を何度も思い出しては苦しくなっている。
でも最近ようやく、『あのときの自分も、あの状況の中で精一杯だったのかもしれない』と思えるようになってきた。」
そこから、
- 「あのとき、こんなことが怖かったよね」
- 「こうしなきゃいけないと思い込んでいたよね」
- 「あのあと、こんなふうに生きてきたよ」
と、「今の自分」が少し年上の先輩として語りかけていきます。
書き終えるころには、
あの頃の自分に向けていた視線が、
ほんの少しだけ緩んでいるかもしれません。
思い出してしまった“その瞬間”にできる小さな対処法
ワークをすると同時に、
日常で「ふとよみがえって苦しくなった瞬間」にできる対処も用意しておくと、少し安心です。
① 「今何が起きたか」を一行で言葉にする
胸がギュッとなった瞬間、
できれば心の中で、こう言葉にしてみます。
「今、あのときのことを思い出してつらくなっているな」
これは、感情と自分との間に、ほんの少しだけ距離を置くための一歩です。
- 「私はダメだ…」と自分を責めるモードから
- 「今、“思い出し苦しみ”が起きている」という観察モードへ
一段階だけ、視点を上げるイメージです。
② からだを現実に戻す
頭の中が過去の映像でいっぱいになったら、
からだを「今ここ」に引き戻す簡単な行動をしてみます。
- 近くにあるものを、意識してゆっくり触る(マグカップ、布団、服の端など)
- 深呼吸を一回だけ、「息を吐くほう」を長めにやってみる
- 足の裏をぎゅっと床につける感覚を確かめる
これは、
「頭の中の世界」から「今の現実」に戻るための小さな橋渡しです。
③ 「今の自分なら、どう動くだろう?」を1フレーズだけ考える
余裕があれば、その場面について、
「今の私なら、どうしていただろう?」
と一言だけ考えてみます。
- 「あのときより、少しマシな選択肢が思いつくようになったな」
- 「あの状況なら、今の私でもきっと戸惑う」
どちらの答えでもかまいません。
大事なのは、
「あの頃の自分と、今の自分は違う」
という実感を、少しでも取り戻すことです。
過去をやり直すことはできないけれど、「これから」を変えることはできる
昔の失敗を思い出したとき、
忘れたくなるのはもちろんですが、
どこかでこんな気持ちも潜んでいるかもしれません。
- 「あのときちゃんとしていれば、今の自分はもっとマシだったはず」
- 「あの失敗がなければ、こんな性格にならなかったかもしれない」
たしかに過去の出来事は、今の自分に影響を与えています。
でも同時に、
「今からどう行動するか」も、これからの自分に大きく影響していきます。
同じパターンに出会ったときの「小さな選択」を変えてみる
例えば、昔の失敗が
- NOと言えなかった
- 無理をしすぎた
- 人に合わせすぎた
ことから起きているなら、
今、少し似た状況に出会ったときに、
- 「今日は一歩手前で断ってみる」
- 「体調が気になるときは、早めに帰る選択をしてみる」
といった、ごく小さなレベルで、選択を変えてみる。
それは、過去のやり直しではありません。
「あのときの自分と同じ条件で、同じ選択を繰り返さないように、今の自分が舵を少し切っている」
ということです。
過去の自分を、未来の自分にとっての「素材」にしていく
失敗の記憶を完全に消すことはできません。
でも、その記憶を、
- 自分を責める材料
- 自信を削る材料
だけとして扱ってしまうのか、
- 次に似た状況で、少しだけマシな選択をするための素材
- 同じことで悩んでいる人に寄り添える、背景のひとつ
として扱うのかで、
これから先の自分への影響は変わっていきます。
「あの頃の自分は、今の自分の“材料”の一部になっている」
と見られるようになると、
苦い記憶は苦いままでも、
心の中で置かれている位置が少しずつ変わっていきます。
それでも苦しさが強いときに、考えてほしいこと
ここまで読んでも、
「それでも、あの出来事だけはどうしても苦しい」
というケースもあると思います。
- 誰かを深く傷つけてしまった
- 取り返しのつかないことをしてしまったと感じている
- 今の人間関係や仕事にも、まだ影響が続いている
そんなときに、
「前向きに考えよう」「意味づけを変えよう」という言葉は、かえって重く感じられるかもしれません。
「許す」は、急いで目指さなくていい
よく、「自分を許そう」「相手を許そう」という表現がありますが、
これは段階としては、かなり後のほうのステージです。
まだ心の中がヒリヒリしているうちから、
- 「許さなきゃ」
- 「前向きにならなきゃ」
と自分にプレッシャーをかけると、
余計に苦しくなってしまいます。
まずは、
「今の自分は、まだそこまで行けていない」
という事実を、そのまま認めること。
「癒し」や「許し」に向かうプロセスは、
人によってスピードもルートも違って当たり前です。
一人で抱えるのが難しいと感じたら
もしも、
- 思い出す頻度がとても多い
- 日常生活や睡眠に支障が出ている
- 自分を責める気持ちが強すぎて、誰にも話せない
という状態が続いているなら、
一人で抱え続けるより、誰かと一緒に持ってもらうことも大切です。
- 信頼できる友人や家族
- カウンセリング
- 必要であれば専門の医療機関
「こんなことで相談してもいいのかな」と思うような内容でも、
話してみることで、
少しずつ「自分の中だけの真実」から「他の人と共有できる現実」へと変わっていきます。
おわりに:「あの頃の自分」を、少しだけ味方に引き寄せていく
昔の失敗を思い出して苦しくなるとき、
私たちはだいたい、「あの頃の自分」に対して一番厳しい裁判官になっています。
- 「あれはありえない」
- 「普通はあんなことしない」
- 「だから今もこうなんだ」
そんなふうに、
一度も言い分を聞かないまま、ずっと判決を出し続けてきたのかもしれません。
でも、
あの頃の自分はあの頃の自分なりに、
- その場をなんとかしようとしたり
- 誰かを守ろうとしたり
- 自分の限界の中で選んだり
していたのかもしれません。
もちろん、それで結果がうまくいかなかったからこそ、
今こうして苦しく思い出しているわけですが、
「あのときの私に、まったく理解できる部分がないわけじゃない」
と気づけたら、
その瞬間から、少しだけ関係は変わり始めます。
今日、このテーマについて読んだ時間そのものが、
すでに「あの頃の自分」と向き合う一歩です。
- 一つワークをやってみる
- 思い出して苦しくなった瞬間の対処を、ひとつだけ試してみる
- 「あのときの私は、本当にダメだった」から、「あのときの私は、あのときの条件の中で精一杯だった」に、ほんの1ミリだけ言い換えてみる
そんな小さな一歩を積み重ねながら、
「あの頃の自分がいたからこそ、今の自分がここにいる」
と、いつか少しだけ思える日が来たらいいなと思います。
その日までの間、
「あの頃の自分」との距離を、少しずつ自分のペースで調整していけますように。

