遠回りばかりしていると思っていたあの頃があったからこそ、今の自分に「これでよかった」と言える

心を軽くするヒント

「なんであんな選び方をしたんだろう」「あのときもっとちゃんとしていれば、今頃違う場所にいたのかも」。
そんなふうに、自分のこれまでを「遠回りばかりだった」と感じることはありませんか。

  • 回り道をしたようにしか見えない転職や進学
  • 一生懸命続けたのに報われなかった恋愛や人間関係
  • がんばったのに成果につながらなかった仕事
  • 今となっては「無駄だったかも」と思う努力や勉強

思い出そうとしなくても、ふとしたときにあの頃の自分が顔を出してきて、
「もっと上手にやれたはずなのに」と胸のあたりがきゅっとする。

この記事では、そんな「あの頃」を否定し続けるのではなく、

  • なぜ自分の道を「遠回り」と感じてしまいやすいのか
  • あの頃の選択や葛藤が、今の自分にどんな形で影響しているのか
  • 「あれがあったから、たしかに今こうしていられる」と言えるポイントの見つけ方
  • 過去の後悔を、これからの自分の味方に変えていくための考え方

を、ゆっくりと言葉にしていきます。

ゴールは、
「あの頃の自分は間違っていなかった」と完璧に言い切ることではありません。

「たしかにいろいろ遠回りもしたけれど、
それでも今ここにいる自分に、『これでよかった』と言ってあげてもいいかもしれない」

そう思える場所を、少しずつ一緒に探していくことです。


  1. 遠回りばかりだと思っていた「あの頃」を、そっと棚から出してみる
  2. なぜ私たちは、自分の道を「遠回り」と感じてしまうのか
    1. 1. 「正しいルート」のイメージが強すぎるから
    2. 2. 「今」の不安が、過去の選択にまとめて向かうから
    3. 3. 振り返るとき、成功している人を「基準」にしてしまうから
  3. 「遠回りだ」と感じていたあの時間が、実はくれたもの
    1. 1. 遠回りは、「自分の限界」と「大事にしたいもの」を教えてくれていた
    2. 2. 遠回りの途中で出会った「人」や「言葉」が、今の自分を支えている
    3. 3. 遠回りが、「他人へのやさしさ」を育ててくれていた
  4. あの頃の自分に、「あれはあれで精一杯だったね」と言ってみる
    1. 「もしあのときの自分に会えるとしたら、何と言うだろう?」
    2. そのときの自分は、そのときの「最善」を選んでいた
  5. 「今の自分に『これでよかった』と言えるポイント」を探す
    1. 1. 「もしあの遠回りがなかったら…」と仮定してみる
    2. 2. 今の自分の「好きなところ」「楽になったところ」を書き出す
    3. 3. 「これでよかった」は、人生全体ではなく「ピースごと」に探せばいい
  6. 遠回りの記憶を、「これからの自分の味方」に変えていく
    1. 1. 「次に同じ状況になったら、あの頃の自分に何てアドバイスする?」
    2. 2. 遠回りの話を、誰かと少しだけ共有してみる
    3. 3. 遠回りの経験を、「選択肢を増やしてくれた時間」と位置づける
  7. それでも、後悔や「もしも」が消えない日のために
    1. 「後悔があること」自体を、悪者にしない
    2. 「今できること」をそっとひとつだけ決める
  8. おわりに:遠回りは、ずっと前から「今のあなた」に続いていた

遠回りばかりだと思っていた「あの頃」を、そっと棚から出してみる

まずは、あなたにとっての「あの頃」を、やさしく思い出してみます。

  • 何度も転職や異動をした時期
  • 進路に迷って、行ったり来たりしていた学生・若手社会人の頃
  • 長く続けた恋や人間関係に終止符を打ったあと
  • 親や周りの期待に合わせて、でもどこか無理をしていた時期

どんな場面を思い浮かべても構いません。

その時期を振り返るとき、
心の中には、こんな言葉が浮かんでくるかもしれません。

「あそこでちゃんと決めていれば、もっと早く楽になれたのに」
「あんな人に時間を使わなければよかった」
「あの頃、もっと勉強しておけばよかった」
「結局、何一つ身になっていない気がする」

頭では「過去は変えられない」と分かっていても、
感情はそんなに簡単には割り切れません。

「遠回りばかりだった」と感じるのは、
今の自分を大切に思っているからこそでもあります。

もっと楽にしてあげられる道が、どこかにあったはずなのに。
そのときの自分に、うまく教えてあげられなかった…。

そんな、少し切ない愛情の裏返しでもあるのかもしれません。

この記事では、その「あの頃」を、
責める対象としてではなく、

「今の自分につながっている大事なかけら」として
そっと手に取って眺め直してみる

そんな時間にしていきたいと思います。


なぜ私たちは、自分の道を「遠回り」と感じてしまうのか

「あの頃の自分」に厳しくなってしまう背景には、いくつかの理由があります。

1. 「正しいルート」のイメージが強すぎるから

社会には、なんとなく共有されている「きれいなルートのイメージ」があります。

  • 良い学校 → 良い会社 → 昇進 → 安定した生活
  • 若いうちにやりたいことを見つけて、一直線に進むキャリア
  • 無駄なくスキルを積み上げて、ムラなく成果を出す人生

もちろん、現実はそんなに単純ではないのですが、
ネットやメディアで目にする「わかりやすい成功譚」は、どうしても道のりをきれいに見せがちです。

そのイメージが自分の中にも入り込んでいると、

「私は全然このルート通りに来てない」
「寄り道ばかりで、まともな成果が出ていない」

と、自分の歩んできた道が急に雑に見えてしまいます。

2. 「今」の不安が、過去の選択にまとめて向かうから

今の生活や仕事、将来に対して、どこかモヤモヤや不安があるとき、
その感情は過去の自分にも簡単に向かっていきます。

  • 今の収入が不安だから
    →「もっと早く別の道を選ぶべきだった」
  • 今の仕事がしっくりこないから
    →「あのときの転職は失敗だった」
  • 今、疲れがたまっているから
    →「あんなに無理を続けなきゃよかった」

「今の不満や不安」がある分だけ、
「あのときの選択のせいだ」と過去を責めやすくなる。

でも本来、
そのときの自分は「今の状況」なんて知る由もなかったし、
限られた情報と体力と感情の中で、精一杯選んだはずです。

3. 振り返るとき、成功している人を「基準」にしてしまうから

過去を振り返るとき、
いつの間にか「誰かと比べながら」見てしまうことがあります。

  • 同じ時期にスタートしたあの人は、もうこんなところまで行っている
  • 同じ学校・同じ会社だった友だちは、順当にキャリアアップしている
  • 自分より遅く始めた人が、自分より目立つ場所にいる

そうした比較は、
自分のペースを否定する材料にもなってしまいます。

でも、本当は、

人生は「同じスタートラインから走る短距離走」ではなく、
「それぞれ違う地図を持った、長い長い道のり」

のようなもの。

とはいえ、それを頭では分かっていても、
気持ちがついていくのはなかなか難しいですよね。

だからこそ、ここからは、
「あの頃」を別の角度から見つめ直してみたいのです。


「遠回りだ」と感じていたあの時間が、実はくれたもの

一見無駄だとしか思えなかった経験や、
報われないまま終わった時間の中にも、
今の自分の中で息をしているものがあります。

少しだけ、こんな視点で見つめてみませんか。

1. 遠回りは、「自分の限界」と「大事にしたいもの」を教えてくれていた

たとえば、

  • 身体や心を壊しそうになるまで働いた時期
  • 人に合わせすぎて、自分が空っぽになったような人間関係
  • 無理して背伸びした環境で、ずっと緊張し続けていた頃

そのときは「ひたすらしんどかった時期」としか思えないかもしれません。

でも振り返ると、こう言える部分もあるはずです。

「あそこまでやると、自分は本当にしんどくなる」
「こういう関係性は、自分には合わない」
「このラインを越えると、自分は笑えなくなる」

それはそのまま、

  • 自分の「限界ライン」
  • 譲ってはいけない「大事なもの」

を教えてくれた時間でもあります。

「あの経験がなかったら、
今も同じような無理を続けていたかもしれない」と思えるなら、
そのしんどさは、決してゼロではなかったはずです。

2. 遠回りの途中で出会った「人」や「言葉」が、今の自分を支えている

遠回りに見えるルートの途中で、
ふとしたきっかけで出会った人の一言や、
偶然手に取った本、映画、音楽が、
今でも心に残っていることはありませんか。

  • あのとき、自分の話をちゃんと聞いてくれた先輩
  • 一緒に愚痴を言いながら乗り越えてくれた同僚
  • 「逃げてもいいんだよ」と言ってくれた友人
  • 泣きながら読んだエッセイや小説の一節

それらは今でも、
心のどこかで、自分を支える土台の一部になっています。

「もし、あの遠回りをしていなかったら、
あの人とも、あの言葉とも出会えなかった」と思うとき、
あの頃の時間は、たしかに今も生きていると言えるのではないでしょうか。

3. 遠回りが、「他人へのやさしさ」を育ててくれていた

順調ではなかった経験は、
誰かのつまずきや迷いに気づきやすくしてくれます。

  • 道に迷っている後輩に、すぐに「甘えだ」とは言わないでいられる
  • うまくいかない人を見ても、「努力不足」と切り捨てないでいられる
  • 「がんばってるね」と声をかけるとき、心からそう思える

それは、遠回りをしてきたからこそ育った視点です。

あの頃の自分が必死でくぐり抜けた時間が、
今、誰かを責めないためのクッションになっている。

そのやわらかさは、
今のあなたの大事な一部になっています。


あの頃の自分に、「あれはあれで精一杯だったね」と言ってみる

ここで、一度だけ、
過去の自分との距離感を少し変えてみたいと思います。

「もしあのときの自分に会えるとしたら、何と言うだろう?」

目を閉じて、
遠回り真っ最中だった頃の自分を思い浮かべてみます。

  • 不安と焦りでいっぱいだった顔
  • なんとか平気なふりをしていた姿
  • 夜、ひとりになってからこっそり落ち込んでいた横顔

もしその人に、今のあなたが一言だけかけられるとしたら、
どんな言葉が出てくるでしょうか。

  • 「よくがんばってたね」
  • 「あれはあれで、仕方なかったよね」
  • 「あのときは、他の選択肢は見えなかったよね」
  • 「あの頃のあなたがいたから、今こうしてここにいられるんだよ」

きっと、
「なんでそんな選び方したの」よりも先に、
もっとやさしい言葉が浮かんでくるはずです。

そのときの自分は、そのときの「最善」を選んでいた

あの頃の自分は、
今の自分のように俯瞰して物事を見られたわけでもなく、
知識も経験も、今ほどは持っていませんでした。

  • そのとき知っていた情報
  • そのとき持っていた体力・気力
  • そのとき背負っていた事情(家族、環境、お金、人間関係…)

その中で、
「これしかない」と思った選択を、
なんとか選び取って進んでいたはずです。

もちろん、振り返ればもっとよいやり方はあったかもしれません。
でもそれは、「今だから」言えること。

当時の自分にとっては、それが「最善」だった。

そう認めてあげることは、
過去を美化することではなく、
自分への最低限の敬意でもあります。


「今の自分に『これでよかった』と言えるポイント」を探す

では、「これでよかった」と言える部分を、
どうやって見つけていけばいいのでしょうか。

完璧にそう思えなくて構いません。
「たしかに、ここだけはそうかもしれない」と言えるところを、少しずつ探してみます。

1. 「もしあの遠回りがなかったら…」と仮定してみる

ノートかスマホのメモに、こんな問いを書いてみます。

「もし、あの遠回りをしていなかったら、
今の自分のどんな部分は生まれていなかっただろう?」

たとえば、

  • 無理しがちな人に気づける目
  • つまずいた人を責めない姿勢
  • 一度壊れかけたからこそ大事にしている健康や生活習慣
  • 「安定」だけでは測れない自分なりの価値観

など、ぱっと浮かんでこなくても構いません。
静かに自分の人生をなぞっていくうちに、

「あ、これはたしかに、あの経験がなかったら手に入らなかったかも」

というものが、一つ二つ見えてくるかもしれません。

2. 今の自分の「好きなところ」「楽になったところ」を書き出す

「自分の好きなところ」と言われると構えてしまうので、
少し言い方を変えてみます。

「あの頃に比べて、今の自分のどんなところが“ちょっとだけマシ”になった?」

  • 人の機嫌に振り回されすぎなくなった
  • 「無理なものは無理」と言える場面が増えた
  • 完璧じゃない自分を、少しは受け入れられるようになった
  • 早さより、丁寧さを選べる場面が増えた
  • 「嫌いじゃない仕事」「嫌いじゃない人」との距離感を、前よりつかめるようになった

こうした「ちょっとマシなところ」は、
そのまま「あの頃の自分が、身をもって教えてくれたこと」の結果でもあります。

3. 「これでよかった」は、人生全体ではなく「ピースごと」に探せばいい

「これでよかった」と聞くと、
人生全体についてジャッジしないといけないように感じてしまいます。

でもそんな大きな単位で考えなくて大丈夫です。

  • 「この人に出会えたのは、あの遠回りのおかげかもしれない」
  • 「この考え方にたどり着けたのは、あのしんどい時期があったからだ」
  • 「この仕事を選べたのは、前の職場で苦労したからこそだ」

そんなふうに、

人生全体じゃなくて、
いくつかのピースについて「これでよかった」を見つけていく

それくらいのスケールで十分です。


遠回りの記憶を、「これからの自分の味方」に変えていく

過去の遠回りを、
これからの自分のために活かすヒントも少しだけ考えてみます。

1. 「次に同じ状況になったら、あの頃の自分に何てアドバイスする?」

もし、今後同じような分岐点に立ったとしたら、
あの頃の自分にどんなアドバイスをするだろう?と想像してみます。

  • 「その環境、ちょっと無理しすぎかも。一度立ち止まっていいよ」
  • 「その人は大事だけど、自分を全部削ってまで一緒にいる必要はないよ」
  • 「完璧な答えは出ないから、“とりあえずここまで”で進んでみよう」

そのアドバイスは、そのまま

「これからの自分が、大事にしたい選び方」

にもなっていきます。

遠回りの経験が、「次の選択の質」を少し上げてくれる。
それは、過去の苦労を、未来の自分がちゃんと受け取れているということでもあります。

2. 遠回りの話を、誰かと少しだけ共有してみる

信頼できる人がいれば、
自分の遠回りの話を、少しだけ話してみるのもおすすめです。

  • 失敗談として笑い話にする
  • 「あの頃はしんどかったけどね」と、少し軽いトーンで話す
  • 誰かが落ち込んでいるときの、「自分もこうだったよ」という共有として話す

話しているうちに、

「あのときの私は、本当によくやってたな」
「今こうして話せるくらいには、ちゃんと通り抜けてきたんだな」

と、自分自身への見方が少し変わっていくことがあります。

3. 遠回りの経験を、「選択肢を増やしてくれた時間」と位置づける

遠回りした分だけ、
他の人が通らなかった道や、見なかった景色を見てきたとも言えます。

  • 違う業界や職種を経験した
  • さまざまな価値観の人と関わった
  • 自分の気質や限界を、体で知ることができた

今はまだ「活きている感じ」がないとしても、
これから先、ふとした場面で「あ、あの経験があるからこそ分かることだ」と感じる瞬間が来るかもしれません。

遠回りは、

「目的地に着くまでの時間を伸ばした」だけでなく、
「道中で見えるものを増やした時間」

でもあるのだと思います。


それでも、後悔や「もしも」が消えない日のために

どれだけ考え方を工夫しても、
「やっぱりあの選択だけは後悔している」と感じる日もあると思います。

そんな日に、自分を責めすぎないための、小さな心の持ち方も用意しておきます。

「後悔があること」自体を、悪者にしない

後悔があるのは、
そのとき・その出来事・その相手を、本気で大事にしていた証拠でもあります。

  • あれだけ悩んだからこそ、今の自分の価値観がある
  • あれだけ傷ついたからこそ、同じような人をそっと理解できる
  • あれだけがむしゃらだったからこそ、「もう同じ無理はしない」と決められる

後悔の「痛み」は、できれば味わいたくないものですが、
そこに込められていた「本気さ」まで否定する必要はないのだと思います。

「今できること」をそっとひとつだけ決める

過去の「もしも」を考え始めると、
心はあっという間にあの頃に引き戻されてしまいます。

そんなときは、
今日の自分にできることをひとつだけ決めてみます。

  • 今日はちゃんと寝る
  • 今日は自分を責める言葉を言わない
  • 今日は、今の自分が大事にしたい人に一通だけメッセージを送る
  • 今日は、これからやってみたいことについて少し調べてみる

「過去の自分は、そのときの役割を果たした。
今日の自分には、今日の役割がある」

そう思えたら、
ほんの少しだけ、「今ここ」に足を戻してこられるかもしれません。


おわりに:遠回りは、ずっと前から「今のあなた」に続いていた

遠回りばかりしてきた、と感じているとき、
私たちはどうしても「失ったもの」「遅くなったこと」に目を向けがちです。

  • あのとき、別の選択をしていたら得られたかもしれない未来
  • もっと早く手に入れられたかもしれない安定や自信
  • 遠回りしている間に、進んでいったように見える誰かの姿

それらを完全に忘れることは、きっと難しいと思います。

でも同時に、
遠回りしてきたからこそ今のあなたが持っているものも、たしかにあります。

  • 無理をしている人に気づける目
  • 失敗や迷いを笑い飛ばさずに受け止められる心
  • 自分のペースや限界を、以前より少しは知っていること
  • 「こういうふうには生きたくない」という、ささやかな軸

それらをひっくるめて、
今のあなたがここに立っている。

あの頃があったからこそ、
今の自分に「これでよかった」と、少しだけでも言ってあげられる。

その「少しだけ」を、
今日この記事を読み終えたあなたの中に、そっと置いておきたいなと思います。

遠回りだったかどうかを決めるのは、
誰かでもなく、世間でもなく、
これからのあなた自身です。

これから先の毎日が、
「あの頃の自分、悪くなかったな」と、
少しずつ言いやすくなっていきますように。

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