小さな失敗をしてしまった日。
周りはもう気にしていないように見えるのに、自分の中では、何度も同じ場面が再生され続ける。「あの一言、いらなかった」「あそこで確認しておけば」「なんであんなミスを」。寝る前になっても頭の中で反省会が始まり、ため息ばかり出てくる。誰かに強く責められたわけでもないのに、自分だけがいつまでも自分を責め続けてしまう。
この記事では、そんな 「小さな失敗を、いつまでも引きずってしまうときの、自分責めループからそっと抜け出す方法」 を、ゆっくり言葉にしていきます。
失敗をなかったことにするのではなく、「もう少しだけ、自分にやさしくしてもいいかもしれない」と思えるところまで。全部を一度に変える必要はありません。今の自分の状態に合いそうな部分だけ、すくい取るような気持ちで読んでもらえたらうれしいです。
「小さな失敗」が、心の中では大ごとになってしまう理由
まずは、「小さな失敗」のはずなのに、自分の中ではものすごく大ごとに感じてしまう、その理由から見つめていきます。
失敗そのものより、「意味づけ」がつらくしている
たとえば、こんな場面を想像してみます。
- メールの宛先を間違えて送ってしまった
- 会議で数字を言い間違えた
- 「やります」と言った仕事の締切を、うっかり忘れてしまった
- 人との約束に少し遅刻してしまった
どれも、「ミスはミス」だけれど、大事故になるほどではないことが多いかもしれません。
にもかかわらず、心の中では、こんなふうに膨らんでいきます。
- 「社会人としてありえない」
- 「こんなミスをするなんて、自分はだらしない」
- 「信頼を全部失ったに違いない」
- 「やっぱり自分はダメな人間だ」
つまり、つらさの正体は、ミスそのものよりも、「自分への厳しい意味づけ」 にあることが多いのです。
真面目で責任感がある人ほど、ループしやすい
小さな失敗をいつまでも引きずってしまう人ほど、普段はこんな一面を持っていることが多いです。
- やるべきことをきちんとやろうとする
- 人をがっかりさせたくない
- 約束や期限を守ることを大事にしている
- 「迷惑をかけたくない」という思いが強い
だからこそ、
「自分のせいで誰かに迷惑をかけてしまったかもしれない」
という状況に、とても敏感に反応します。
その感度の高さ自体は、決して悪いものではありません。
むしろ、周りの人から見れば「信頼できる人」「丁寧な人」として映っていることも多いでしょう。
ただ、その感度が自分のほうに向きすぎると、
- 少しのミスでも、「大きな裏切り」のように感じる
- 相手が許してくれても、自分の中では許せない
- 「二度としない」と誓うほど、自分を追い詰めてしまう
という「自分責めループ」が回り始めます。
「自分責めループ」が回るとき、心の中で起きていること
小さな失敗をしたあと、頭の中ではこんな流れが起きがちです。
- 失敗に気づいた瞬間、ざわっとした不安や後悔が押し寄せる
- すぐに対応しようとする(謝る・訂正する・やり直す など)
- 対応が終わっても、「あのときの自分」を何度も思い出す
- 思い出すたびに、「なんであんなことを」「情けない」と自分を責める
- 「もう忘れよう」と思っても、ふとした瞬間にまたよみがえってくる
このとき、心の中で二つのことが同時に起きています。
- ① 事実としての「失敗」への反省
- ② 「こんな自分はダメだ」という自己否定
① 反省 は、本来は“次に同じことを繰り返さないための材料”です。
でも、そこに ② 自己否定 がくっつくと、
「どう改善するか」ではなく「自分をいかに責めるか」のほうにエネルギーが流れてしまいます。
すると、
- 失敗の映像を繰り返し再生する
- 心の中で何度も自分を罵倒する
- ありもしない「最悪の展開」を想像して落ち込む
といったことに、たくさんの時間と力を使ってしまうことになります。
この記事で目指したいのは、この ①と②を少しずつ分けていくこと。
「反省」を大事にしつつ、「自己否定」を少しずつゆるめていけるような考え方を、一緒に探していきます。
ステップ1:「事実」と「解釈」をノートに分けて書いてみる
自分責めループをいきなり止めるのは、とても難しいです。
そこでまず、頭の中でぐるぐるしているものを、「紙の上」にいったん移してみます。
ノートを開いて、ページを真ん中で縦に線で区切り、左と右にこう書いてみてください。
- 左:今日起きた「事実」
- 右:そのとき自分がつけている「意味づけ・解釈」
たとえば、
左(事実)
- メールの宛先を間違えて、社外の人に送ってしまった
- すぐに上司に相談して、訂正メールを送った
- 相手から「大丈夫ですよ」と返事をもらった
右(意味づけ)
- 社会人としてありえないミスだ
- 信頼を全部失ったはずだ
- こんなミスをする自分は、仕事が向いていない
こんなふうに、「起きたこと」と「自分がどう解釈しているか」を分けて書くだけでも、少し冷静になれることが多いです。
そして、右側を見ながら、そっと自分に聞いてみます。
「これは、本当に“事実”と言い切れるだろうか?」
「“全部失った”“絶対にダメだ”は、少し言い過ぎているかもしれない?」
もし、そう感じられる部分があったら、
右の欄に「本当はこうかもしれない」という別の解釈も足してみます。
- 「ミスはミスだけれど、すぐ対応できた」
- 「相手は“気にしないでください”と言ってくれた」
- 「今回の件で、自分が気をつけるポイントが少しはっきりした」
“ポジティブに考えよう”というよりも、
「自分、ちょっと言い過ぎてない?」
と、やさしくツッコミを入れてみるイメージです。
ステップ2:「してしまったこと」と「できていたこと」を両方見る
自分責めループに入っていると、
どうしても「してしまったこと」だけに視線が固定されてしまいます。
- 間違えた
- 忘れていた
- 不注意だった
そこだけを何度も再生していると、自分がした他の行動が全部見えなくなります。
そこで、ノートにこんな二つの欄を作ってみます。
- A:今日、自分が「してしまったこと」
- B:今日、自分が「できていたこと」
たとえば、
A:してしまったこと
- 会議の時間を勘違いして、少し遅れて入ってしまった
- 資料の数字を一箇所だけ間違えていた
B:できていたこと
- 間違いに気づいたあと、すぐに訂正して共有できた
- 遅れて入ったことをきちんと謝った
- その後の議論には、集中して参加できた
「できていたこと」の欄には、どんなに小さなことでも構いません。
- 寝坊したけれど、遅刻せずに行けた
- ミスを隠さずに、正直に話せた
- 落ち込んでいたけれど、目の前の作業はちゃんと終わらせた
自分の行動の「全部」を見てあげることで、
「今日の自分は、失敗もしたし、そのあと動いたり対応したりもしていた」
という “全体の姿” が少しだけ浮かんできます。
それは、
「失敗=自分のすべて」
から、
「失敗=自分の一部分」
へと、認識をゆっくりと戻していく作業でもあります。
ステップ3:「あのときの自分」にかける言葉を、そっと選び直す
失敗の場面を思い出すたびに、心の中で自分に向けてこんな言葉を投げていないでしょうか。
- 「何回同じことしてるの」
- 「だからお前はダメなんだ」
- 「こんなのもできないなんて、終わってる」
もし、自分の大切な友人が同じ失敗をして、「落ち込んでる」と相談してきたら、
私たちはきっと、そんな言葉は使わないはずです。
代わりに、こんなふうに声をかけるのではないでしょうか。
- 「ミスはミスだけど、ちゃんとすぐ対応していたじゃん」
- 「今回のことで、次に気をつけるポイントも見えたんじゃない?」
- 「あれくらいで見捨てる人ばかりじゃないよ」
ここで試してみたいのは、その“友だちにかける言葉”を、自分にも少し分けてあげることです。
ノートに、こう書いてみます。
「もし友だちが同じ失敗をしていたら、なんて声をかけるだろう?」
浮かんだ言葉を、そのまま自分あてに書き直してみます。
- 「ミスした自分を責めてるけど、すぐ動いてたの知ってるよ」
- 「完璧な人じゃないからこそ、周りも安心してる部分もあるかもしれないよ」
すぐには受け取れないかもしれません。
「そんな優しいこと、自分には言えない」と感じる日もあると思います。
それでも、紙の上に一度“残しておく”こと。
何度も読み返せなくても、
「自分にこんな言葉を向ける選択肢もある」
という事実を、一行だけでも刻んでおくこと。
それが、「自分に向ける声」のバリエーションを、少しずつ広げていく第一歩になります。
「反省」と「自分を罰すること」を、そろそろ分けて考えてみる
真面目な人ほど、
「二度と同じことを繰り返さないためには、自分を厳しく罰する必要がある」
と、どこかで思っています。
たしかに、「もう二度とやりたくない」という強い感情は、
次の行動を変えるエネルギーにもなります。
ただ、
- 何日も何週間も、同じ失敗を責め続ける
- 関係のない場面でも、その失敗を思い出して落ち込む
- 新しいことに挑戦する勇気すら、削られていく
こうなってくると、それはもはや「反省」ではなく、
自分を小さく閉じ込めてしまう“罰” に近くなってしまいます。
反省には、本来こんな要素があります。
- 何が起きたのかを落ち着いて振り返る
- なぜそうなったのかを分析する
- 次に同じことが起こりにくくなる工夫を考える
ここには、「自分の価値をゼロにする作業」は含まれていません。
一方、「自分を罰すること」は、
- 自分を否定する言葉を繰り返しぶつける
- 自分には価値がないという前提で、過去の失敗を掘り起こす
- 「どうせまた同じことをする」と未来を悲観する
という流れになりがちです。
もし、今の自分の「振り返り」が、どちらかというと後者に近いと感じたら、
その時間を、少しずつ前者の「反省」のほうにシフトしていけないか、考えてみてもいいのかもしれません。
「次に同じことをしにくくする工夫」を、ひとつだけ決める
自分責めループから抜け出しやすくするためには、
「次に同じことをしにくくする工夫」を、ひとつだけ決めておくことも役に立ちます。
たとえば、
- メールの送り先を間違えた →
→ 「送信前に“5秒だけ”宛先を見る」「重要なメールだけ BCC で自分にも送る」 - 予定を忘れてしまった →
→ 「カレンダーに入れたら、同時にアラームもセットする」 - 書類の数字を間違えた →
→ 「提出前に“声に出して読むチェック”を1回だけ行う」
ポイントは、
- 立派な仕組みをつくるのではなく、自分が日常で実行できそうな小さな習慣にすること
- 「二度と同じ失敗をしない」と誓うのではなく、「頻度を減らせたら上出来」と考えること
です。
この「次への一手」が決まると、失敗そのものへの印象も、ほんの少し変わります。
「あのときの失敗はつらかったけれど、
あれがあったから、このチェックをするようになった」
そうやって、失敗を **「ただの傷」から「今の自分を形づくる材料」**へと、ゆっくり変えていくことができます。
「過去の失敗」が、突然よみがえってくるときの扱い方
自分責めループのやっかいなところは、
「もう終わったはずの出来事」が、何度でも頭の中によみがえってくることです。
- シャワーを浴びているとき
- 寝る前に布団に入ったとき
- 通勤電車の中でふとした瞬間
何年前のことか分からないような些細なミスが、突然鮮明に浮かんできて、
「うわぁぁぁ」と消えてしまいたくなる。
そんなときに、
「考えるな、忘れろ」
と無理に押し込めようとすると、かえって強く戻ってきてしまうこともあります。
そんなとき、こんな風に扱ってみる方法もあります。
1. 「あ、また来たな」とラベリングする
頭の中に失敗の映像が浮かんできたら、
心の中でこうつぶやいてみます。
「あ、また“あのときのやつ”が来たな」
「また同じこと考えてる自分、最悪だ」と責めるのではなく、
ただ「来たこと」を認識するだけにします。
2. 呼吸や目の前の感覚に、意識を少しだけ戻す
次に、
- 深呼吸を一回する
- 足の裏の感覚に意識を向ける
- 手に触れているもの(スマホ・カップ・布団)の感触を確かめる
など、「今、この瞬間」に戻してくれる感覚に注意を向けてみます。
失敗の記憶は「過去」のものですが、
呼吸や体の感覚は「今ここ」にあります。
その差に気づくだけでも、
少しだけ「記憶から距離を取る」ことができるようになっていきます。
「自分を責めてしまう自分」を、少しだけ理解してみる
ここまで読んでみて、
もしかしたら、
「頭では分かるけど、やっぱり自分を責めるのをやめられない」
と感じているかもしれません。
そのときに、もう一歩だけ踏み込んでみたい問いがあります。
「自分を責めてしまう自分は、何を守ろうとしているんだろう?」
少し不思議な問いですが、
強い自己批判には、こんな“意図”が隠れていることがあります。
- 二度と同じ失敗をしないように、強く刻み込みたい
- 人から責められる前に、自分で自分を責めておきたい
- 反省していることを自分にも周りにも示して、見捨てられないようにしたい
つまり、
**「二度と同じ痛みを味わいたくない」「周りに嫌われたくない」**という、
とても切実な願いが、その奥にあるのかもしれません。
そう考えると、
自分を責めてしまうクセも、ただの「悪い習慣」ではなく、
「不器用だけれど、なんとか自分と周りを守ろうとしてきたやり方」
として見えてきます。
そのうえで、
「今まで守ってくれてありがとう。
でも、これからはもう少し、別のやり方も試していきたい。」
と、“責める自分”にも静かに話しかけてみる。
少し感覚的な話ですが、
こうやって自分の中の「厳しい声」とも対話していくことは、
長い時間をかけて、自分との付き合い方を変えていく大事なプロセスになります。
おわりに──失敗と、自分と、少しずつ仲直りしていく
小さな失敗をいつまでも引きずってしまうとき、
一番つらいのは、「失敗そのもの」ではなく、
そのあと延々と続いてしまう「自分責め」の時間なのだと思います。
でも、その自分責めの奥には、
- 誠実でありたい
- 人を大事にしたい
- 仕事や約束をきちんと守りたい
という、まっとうな願いも隠れています。
その願いが、
「自分を大切にすること」と
少しずつ手を取り合えるように、
今日の話の中から、何かひとつでも心に残るものがあればうれしいです。
- 事実と解釈を分けてノートに書いてみること
- 「してしまったこと」と同時に、「できていたこと」も探してみること
- 友だちにかけるような言葉を、自分にも少しだけ向けてみること
- 「反省」と「罰すること」を分けて考えてみること
- 次に同じことをしにくくする、小さな工夫をひとつ決めてみること
- 過去の失敗がよみがえったとき、「あ、また来たな」と気づき、呼吸に戻ること
全部を一度にやろうとしなくて大丈夫です。
どれか一つだけ、「これならできそう」と感じるものを、
次に自分責めループが始まりそうになったときに、そっと思い出してみてください。
失敗しない人になることを目指すのではなく、
失敗してしまった自分と、どう付き合っていくかをつくっていく。
その歩みはとてもゆっくりで、他の人からは見えないものかもしれません。
それでも、その一歩一歩が、
これから先の「自分との付き合い方」を、静かに変えていってくれます。
どんな失敗をしてしまった日でも、
夜、布団の中で自分にこう言える瞬間が、
少しずつ増えていきますように。
「あれこれあったけれど、今日の自分もよくやっていたよ。」

