残業が当たり前の職場で、「今日はもう帰ってもいいはずなのに、なんとなく言い出せない」「周りがまだ仕事をしているなかで『お先に失礼します』と言うのが怖い」。そんな感覚を抱えたまま、気づけば毎日遅くまで残ってしまう人は少なくありません。この記事では、「自分だけ先に帰ります」と口にするまでの心のハードルを少しずつ下げていくための考え方と、明日から試せる小さなステップをまとめました。
「全員が帰るまで帰らない人」になるのでも、「急にドライな人」になるのでもなく、「自分の体力と生活を守りながら、仕事とも付き合っていける人」になるための、現実的なヒントとして読んでもらえたらうれしいです。
残業が当たり前の職場で「先に帰ります」が言えないのはなぜか
まずは、「なぜこんなにも一言が言いにくいのか」を、そっと言葉にしてみます。
多くの場合、こんな感情や考えが重なっています。
- 「自分だけラクをしているように見えるのが怖い」
まだ仕事をしている同僚の横で帰るのは、どこか後ろめたい気がする。 - 「評価が下がるのではないかという不安」
「やる気がないと思われるかも」「出世コースから外されるかも」と、将来までセットで心配になる。 - 「断る・お願いすること自体が苦手」
残業をお願いされて断る、業務量について相談する…といった「交渉」そのものに慣れていない。 - 「自分の感覚より、場の空気を優先してしまう癖」
「本当は帰りたいけれど、みんな残っているから」「ここで席を立つ勇気が出ない」と、空気を優先してしまう。
これらはどれも、「弱いから」「根性がないから」ではなく、
**「周りと調和しながら生きてきた人ほど抱えやすい感覚」**です。
「言えない自分はダメだ」とジャッジするのではなく、
「ここまでの人生で身につけた、“周りに合わせるスキル”がとても高いんだな」
と、まずは理解してあげること。
そのうえで、「そのスキルに全部を乗っ取られないように、これから少し調整していこう」と考えられると、少しだけ呼吸がしやすくなります。
「自分ルール」を見直すところから始めてみる
「残業が当たり前」の職場で育つと、知らないうちに自分の中にこんな“前提”が入り込んでいます。
- 社会人は、求められたら基本的には残るべき
- 先に帰るなら、誰よりも成果を出してから
- 上司より先に帰るなんてありえない
- 定時で帰る人は、よほど能力が高い人か、逆に空気が読めない人
こうした「自分ルール」は、頭で考えて決めたというより、
周りの大人や先輩を見ながら「こうしておくのが正解らしい」と身体で覚えてきたものです。
まずは紙やメモアプリに、思いつくまま書き出してみます。
・先に帰るなら、誰にも迷惑をかけていない完璧な状態であるべき
・疲れていても、頼まれたら断ってはいけない
・若手のうちはとにかく残業してナンボ
書いてみると、「本当にそうしなきゃいけない?」と問い直したくなるものも出てくるはずです。
そのとき、いきなり全部を「間違いだ」と捨てなくて構いません。
代わりに、一つずつこんなふうに書き換えてみます。
- 旧ルール: 先に帰るなら、誰にも迷惑をかけていない完璧な状態であるべき
新ルール: 今日の自分ができる範囲で区切りをつけたら、帰る権利はある - 旧ルール: 疲れていても、頼まれたら断ってはいけない
新ルール: どうしても無理なときは、「今日はここまでならできます」と線を引いてもいい - 旧ルール: 上司より先に帰るなんてありえない
新ルール: 業務をきちんと引き継いだうえで、先に帰る日があってもいい
自分の中の「べき」を、少しゆるい言葉に変えてあげること。
この地ならしをしておくと、実際に口を開くときの重さが変わってきます。
今日は本当に帰っていい?を確認する「事実ベースのチェックリスト」
「帰りたいけれど、本当に帰っていいのか分からない」という不安を減らすために、
感情ではなく**“事実ベース”のチェック**をしてみます。
たとえば、こんな3つの観点です。
① 今日中に絶対終わらせなければいけない仕事は?
- 納期が明日朝一で、他の人の作業がそれに依存している
- 今日のトラブルの初動対応で、放置するとマズい案件がある
→ こういったものは、残って対応するか、誰かにしっかり引き継ぐ必要があります。
② 今日“やろうと思っていた”だけで、明日以降でも本当は問題ない仕事は?
- 期限が数日先の資料作成
- 自分の勉強のためにやっている調査
- 翌週以降の準備で、前倒しで進めたいタスク
→ これらは、「残業しないと回らない仕事」ではなく、「前倒しでやっておきたい仕事」です。
ここをちゃんと区別しておくと、「今日やらなくてもいい」と判断しやすくなります。
③ 自分の体調・生活の事情はどうか?
- 連日の残業で明らかに集中力が落ちている
- 明日の朝イチに重要な打ち合わせがある
- 通院・家族の用事など、外せない予定がある
→ これらは、本来「帰っていい理由」ではなく、「帰ったほうがいい理由」です。
メモに3つの見出しを書いて、箇条書きで整理してみると、
意外と「今日どうしてもやらなければいけない仕事」は多くなかったりします。
「自分の中では“まだやれてないこと”だらけに見えるけれど、
事実だけを見てみると、今日はここで区切ってもよさそうだ」
そういう感覚が少しでも持てたら、
その「事実」を背中を押す材料にして、「先に帰ります」の一歩につなげていきます。
最初の一歩は「宣言」ではなく「共有」から
いきなり堂々と
「では定時なので帰ります!」
と言うのは、たしかにハードルが高いです。
そこで、おすすめなのが
「自分の状況を共有する一言」+「帰る予定の時間」を先に伝える
という始め方です。
たとえば、夕方の17時〜17時半ごろに、上司や近くで一緒に仕事をしている人にこんなふうに声をかけます。
「今日のタスクは、○○まで終わったので、あと△△だけ片付けたら上がろうと思っています」
チャット文化の職場なら、メンションをつけて短く送ってもいいです。
「@上司
今日の○○案件はここまで進みました。残りは明日午前中に進める想定で、今日は△時ごろ上がる予定です。
もし他に優先したほうがいいものがあれば教えてください。」
ポイントは、
- いきなり「帰ります」ではなく、「こういう状況です」と共有すること
- 勝手に決めたのではなく、「何かあれば言ってください」と相談の余地も残すこと
です。
この“予告”をしておくと、
いざ「では、予定通り上がります」と席を立つときの心理的負担がかなり減ります。
上司にどう伝えるか──シチュエーション別のひと言集
「何て言えば角が立たないのか」が分かるだけでも、少し言いやすくなります。
よくあるシチュエーション別に、いくつかフレーズを置いておきます。
1. 日常的に、少しずつ残業を減らしていきたいとき
「最近、残業続きでパフォーマンスが落ちている感覚があるので、
まずは〇時ごろを目安に帰る日を週に何日か作ってもいいでしょうか。
その分、日中の進め方を見直したいと思っています。」
2. 今日はどうしても早く帰りたい事情があるとき
「本日、私用で恐縮なのですが、〇時までには退社したく、
今日中に対応すべきタスクはここまで終えました。
残りは明日の午前中に対応する予定ですが、優先を変えたほうがいいものがあれば教えてください。」
「私用で」と一言添えるだけで十分です。
理由を細かく説明しすぎる必要はありません。
3. 連日の残業で、負荷の調整そのものを相談したいとき
「ここ最近、業務量が増えてきて、連日〇時退社になっています。
このまま続くと、パフォーマンスにも影響が出そうで…。
もし可能であれば、タスクの優先度を一緒に整理して、
残業前提になっている部分を減らせないか相談させていただきたいです。」
「しんどいです」だけでなく、
「パフォーマンスに影響が出そう」「優先度を整理したい」という形で伝えると、
「わがまま」ではなく「業務の相談」として受け取られやすくなります。
周りの目が気になるときに試したい見方の変え方
「上司に伝える言葉」は用意できても、
実際に席を立つときに一番重くのしかかるのは、周りの同僚の目かもしれません。
- 「あの人、また先に帰ってるな」と思われていないか
- 「自分だけ早く帰りたい人」だと噂されていないか
- 「あの人に頼むと残業してくれない」と思われたらどうしよう
こんな想像がぐるぐる回り始めると、体が椅子から離れなくなります。
ここで覚えておきたいのは、
**「周りも意外と自分のことで精一杯」**だという現実です。
あなたが思っているほど、
「誰が何時に帰ったか」を細かく記憶している人は多くありません。
あるとしても、最初の数回です。
もしどうしても気になるなら、
最初の数回だけは、あえて一言添えて帰るという手もあります。
「今日はここまでで上がります。お先に失礼します。また明日お願いします。」
「今日はちょっと早めに失礼します。明日〇〇から取りかかりますね。」
「黙って帰る」のではなく、「一言残す」。
たったそれだけで、「突然いなくなる人」という印象にはなりません。
それでも、心のどこかで「何か思われているかも」と気になってしまうときは、
こんなふうに自分に問いかけてみてもいいかもしれません。
「もし同僚が、連日の残業続きでつらそうにしていて、
ある日『今日は早めに上がります』と言ったら、自分はどう感じるだろう?」
きっと多くの人は、
「そりゃそうだよな」「お疲れさまだな」と感じるはずです。
周りの人も、「人間」です。
同じように疲れ、同じように帰りたい気持ちを抱えています。
「先に帰る=嫌なやつ」という図式ではなく、
「先に帰る勇気を出した人」として見てくれる人も、実は少なくありません。
習慣として残業を減らしていくための、ちょっとした仕組み
一度「先に帰ります」が言えたとしても、
何となく流れでまた毎日残業に戻ってしまう…ということもあります。
そこで、少し長い目で見たときに効いてくる、仕組み寄りの工夫もいくつか挙げておきます。
① 「帰る時間」を先に決めて、タスクを逆算する
- 朝の時点で、「今日は〇時にはPCを閉じる」と紙やカレンダーに書いておく
- それに合わせて、「〇時までにここまで進める」という小さな締切を自分の中に作る
「終わったら帰る」ではなく、
「帰る時間を決めて、そこに向かって終わらせ方を工夫する」に発想を切り替えていきます。
② 「定時退社デー」を勝手に自分の中に作る
会社として制度がなくても、
自分の中で「週に一度は必ず定時か、いつもより早く帰る日」を決めてしまいます。
- 水曜だけは、よほどのことがない限り残業しない
- 金曜は、〇時以降の新しい依頼は基本的に翌週対応にする
「毎日」変えるのは難しくても、「週に1日」からなら始めやすくなります。
③ 「自分のキャパ」を見える化して、無意識の引き受けを防ぐ
- 自分の一日の集中できる時間の目安(例:7〜8時間)を書き出す
- それを超えたタスクが入ってきたら、「いつまでに」「どれを優先するか」を相談する
「とりあえず全部受ける→残業で帳尻を合わせる」パターンから、
「相談して調整する」に少しずつシフトしていきます。
それでも「言えない」自分がいるときに
ここまで、いくつかのステップやフレーズを書いてきましたが、
それでも「いざその場になると、やっぱり言えない」という日もあると思います。
そんなとき、「結局自分は変われない」「やっぱり弱い」と責めてしまうと、
「言えなかった」という体験そのものが、心の中でさらに重くなってしまいます。
むしろ、その日はこう考えてみてもいいかもしれません。
「今日は、まだいつものクセのほうが強かった日」
「でも、“本当は帰りたい自分”の声に気づけるようにはなってきている」
気づかなかった頃は、「なんとなく残業する」のが当たり前で、
そこに疑問を持つことすらなかったかもしれません。
「本当は帰りたい」と自覚できるようになったこと自体が、すでに一歩です。
その一歩をちゃんと見てあげることも、大事な「自分の扱い方」です。
そしてまた翌日、
- 帰る時間を先に決めてみる
- 上司に一言だけ「今日は〇時ごろ上がる予定です」と伝えてみる
- 帰り際に「お先に失礼します」を少しだけはっきり言ってみる
そんな小さな「実験」を、何度か繰り返していくうちに、
「先に帰る自分」にも身体が少しずつ慣れていきます。
それでもどうにもならない職場なら、「自分を守る選択」を考えてもいい
最後に少しだけ、環境の話にも触れておきたいと思います。
ここまで書いてきたような工夫をしても、
- 先に帰ろうとしたらあからさまに嫌味を言われる
- 残業を減らしたいと相談したら、「やる気がないなら辞めれば」と言われる
- 連日の深夜残業が続いて、心身の不調が出てきているのに、「根性が足りない」で片づけられる
といった環境であれば、
**「自分の言い方」の問題ではなく、「職場の側に大きな問題がある」**可能性が高いです。
その場合は、
- 社内で別部署への異動を相談する
- 転職の情報を集め始めてみる
- 労基や外部窓口への相談も視野に入れる
といった、「環境そのものを変える選択肢」を真剣に検討してもいいのだと思います。
「どこに行っても残業はある」と言われることもありますが、
「残業が当たり前」であっても、「早く帰りたい」と言っただけで人格を否定されるような場所ばかりではありません。
自分の体と生活を守ることは、わがままではなく、
長く働いていくために必要な責任でもあります。
おわりに──「先に帰る自分」を、少しずつ許していく
残業が当たり前の職場で、「自分だけ先に帰ります」と言うのは、
たった一言なのに、とても勇気がいることです。
でも、その一言を一度も言えないまま、
心と体をすり減らし続けてしまうと、ある日突然限界が来てしまうことがあります。
この記事で書いてきたことは、どれも大きな革命ではありません。
- 自分の中の「べきルール」を少しだけゆるめてみること
- 今日は本当に帰っていいのかを、事実ベースで確認してみること
- いきなり宣言するのではなく、「状況の共有+帰る予定」を先に伝えてみること
- 上司や同僚への一言フレーズを、あらかじめ用意しておくこと
- 周りの目が気になったとき、「自分が逆の立場ならどう思うか」を想像してみること
- 言えなかった日も、「気づけた自分」まで含めてやさしく扱ってあげること
こうした小さなステップを少しずつ重ねていくことで、
「残業するのが当たり前」の世界のなかに、
**「帰ってもいい日」「帰れる自分」**という新しい選択肢が増えていきます。
誰よりも先に毎日定時で帰る人になる必要はありません。
まずは、週に一度でも、月に数回でも、
「今日は自分のために、ここで帰る」と選べる日を作ってあげること。
その選択ができるようになるにつれて、
仕事との距離感も、自分への信頼感も、少しずつ変わっていきます。
「先に帰る自分」を責めてきた時間が長かった人ほど、
これからは少しずつ、その自分を許していけますように。
そのための静かな一歩として、どこかひとつでも、心に残る部分があればうれしいです。

