周りの同僚や友人がどんどん成果を出して、評価されて、昇進していく。新しい資格を取ったり、転職で年収を上げたり、SNSには「活躍の報告」が静かに流れてくる。そのたびに、「すごいな」と思う一方で、「自分は何をしているんだろう」「このまま取り残されていくのかな」という不安がじわじわ広がっていく。この記事では、「周りが優秀に見えて、自分だけが止まっているような気がするとき」に、仕事とどう向き合っていくかをゆっくり整理していきます。
人と比べる気持ちを無理に消すのではなく、「比べてしまう自分ごと抱えながらも、自分のペースで積み重ねていくための視点」と、「今日からできるごく小さな一歩」をセットで書いていきます。読みながら、「ここは今の自分に近いかも」と感じる段落だけ、そっと拾ってもらえたらうれしいです。
周りが優秀に見える瞬間は、誰にでも訪れる
ある日突然、目の前の世界が変わったわけではないのに、「周りの人がやけに優秀に見える」ときがあります。
同じチームの同僚が、大きなプロジェクトを次々成功させている。
後輩が、自分より早いスピードで評価されている。
同期が、リーダー職やマネージャー職に就き始めている。
そんな姿を見続けていると、ふとした瞬間にこんな感覚が顔を出します。
- 「自分だけ、ずっと同じところをぐるぐる回っているような気がする」
- 「自分より若い人が、もうあんなにできるのか…」
- 「頑張っているつもりだけど、何も形になっていない気がする」
頭では「人それぞれペースが違う」「焦っても仕方ない」と理解していても、心が追いつかない。
どこか遠くから、置いていかれる自分を眺めているような、そんな心細さが続くことがあります。
まず伝えておきたいのは、この感覚はとても多くの人が経験している、ということです。
周りが優秀に見えてしまう背景には、SNSや社内ツールを通じて「目立つ成功ばかりが見えやすい」時代ならではの事情もありますし、30代前後で責任や役割が変わってくるタイミング特有の揺れもあります。
「周りが優秀に見える」と感じるのは、あなたが怠けているからではなく、
真剣に仕事に向き合えば向き合うほど、自分の足りなさが見えやすくなるから、という側面もあります。
「こんなふうに感じている自分はおかしいのかな」と不安になる前に、
「あ、今の自分は“そう見えてしまう時期”にいるんだな」と受け止めてあげること。
そこから少しずつ、自分の立ち位置を見直していくことができます。
「取り残された気がする」感覚の正体
「取り残された気がする」とき、実際に何が起きているのでしょうか。
その正体をゆっくり分解してみると、大きく3つの要素が重なっていることが多いです。
1. 比較の物差しが「見える結果」に偏っている
「優秀かどうか」を考えるとき、わたしたちはどうしても「目に見える成果」に意識が向かいます。
- 昇進したかどうか
- 年収がどれくらいか
- どんな肩書きを持っているか
- SNSや社内掲示でどんな実績が紹介されているか
この物差しだけで見ると、静かに仕事を続けている自分は、とても小さく見えてしまいます。
部署をまたいで目立つ仕事をしている人、社外で活躍が分かりやすい人ほど、「優秀」に見えやすいのは当然です。
でも、実際の仕事の価値は、「目に見える結果」だけで測れるものではありません。
目立たない日々の調整、地道な改善、誰かが安心して働ける空気を守る働き…そういったものは、評価シートに全部は載りません。
比較の物差しが「見える結果」だけに偏っていると、
「派手なアウトプットがない自分=価値が低い」と感じやすくなります。
この偏りに気づくだけでも、「取り残された」という感覚の強さは、少し変わってきます。
2. 自分には「まだ本気を出していない感覚」がある
「取り残された」と感じるとき、心の奥ではこんな気持ちも動いているかもしれません。
- 「本気を出せば、もう少しやれるはずなのに」
- 「でも、本気を出してダメだったら…それこそ立ち直れない」
どこかで、「まだ全力ではない」と思っている自分がいる。
だからこそ、「本気を出していない今の自分」と、「すでに走り出している周り」を比べて、余計に苦しくなることがあります。
ここには、「失敗したときの怖さ」が強く影響しています。
本気を出してダメだったとき、「自分にはやっぱり力がない」と突きつけられる気がして、怖い。
だからこそ、意識せず少しブレーキを踏んでしまう。結果として、そのブレーキを踏んでいる自分を、また責めてしまう。
こうした「本気を出す怖さ」と「本気を出さないことで生まれる罪悪感」が絡まり合って、「取り残された」という感覚につながっていることも多いです。
3. 「自分はこうなりたい」の輪郭がぼやけている
周りを見渡すと、「この人は明確な目標を持っている」「キャリアの方向性がしっかり決まっている」という人が目につくことがあります。
一方で、自分はそこまでクリアな将来像が描けていない。方向性も、やりたいことも、「なんとなく」で止まっている。
そんなとき、「方向性が見えている人たち」=「前に進んでいる人たち」に見え、
「まだよくわからない自分」=「止まっている人」に感じられます。
でも、「よくわからない」という状態は、決してゼロではありません。
迷いを抱えながらも働き続けている自分がいて、
迷っているからこそ、いろいろな可能性を手放さずにいる自分もいます。
とはいえ、ぼんやりした状態が続きすぎると、「結局何も決められていない自分」という自己評価につながりやすい。
この「自己評価の低さ」も、「取り残された感」を強める一因になります。
比べてしまう自分を、無理に止めなくていい
「周りが優秀に見える」「自分だけ取り残されているように感じる」。
そんな感覚に気づくと、多くの人は「比べるのをやめないと」と考えます。
- 「人は人、自分は自分と思えばいい」
- 「比べても意味がないから、気にしないようにしよう」
たしかに、それがすっとできるなら、一番楽かもしれません。
でも現実には、「比べない」はかなり高度な技術です。
人と自分を比べてしまうのは、本能に近い部分もあります。
周りと自分の位置を測ろうとすることは、ある意味「自分の生存のためのセンサー」のようなものでもあります。
だから、「比べてしまう自分」を完全にやめようとする必要はありません。
むしろ、
「今の自分は、人と比べずにはいられないくらい、不安が大きいんだな」
と認めてあげることから始める方が、長い目で見て心は消耗しにくくなります。
「比べるのをやめる」ではなく、
「比べたあと、自分をどこまで責めるか」「比べたあと、どんな選択をするか」を少しずつ変えていく。
その方が現実的です。
たとえば、誰かの昇進や転職の話を聞いて、心がざわついたとき。
- 「あの人はあの人、自分は自分」と無理に切り離そうとするのではなく、
- 「今の自分は、こういうニュースに敏感になっているんだな」と気づき、
- 「じゃあ、そのざわつきから、自分が何を望んでいるのかを少しだけ拾ってみよう」と、方向転換してみる。
比べること自体を悪者にしない。
比べてしまう自分も含めて、「今の自分」として扱ってあげる。
その余白があるだけで、心の締めつけは少しゆるみます。
見えている「優秀さ」と、見えていない部分
周りが優秀に見えるとき、わたしたちはその人の「一部だけ」を見ています。
特に、次のような部分は、とても目立ちやすいものです。
- 成果の数字
- 昇進・異動・転職のニュース
- 大きなプロジェクトの成功
- SNSでの発信や、社内での表彰
一方で、その裏側にあるものは、ほとんど見えていません。
- 何度も失敗して夜遅くまで残っていた日々
- 評価されない仕事を黙々と続けていた時間
- 誰にも見られていない、不安や焦りとの付き合い方
- 家族やパートナーとの間で、仕事とのバランスに悩んでいたこと
「優秀に見える人」は、「スゴさだけでできた人」ではありません。
不安や迷い、空回りした経験、それでも続けてきた時間の上に、今の姿があります。
それでもなお、「いやいや、あの人はもともと頭がいいから」「地頭が違う」と感じるかもしれません。
たしかに、生まれ持った資質や環境の違いはゼロではありません。
ただ、「優秀そうに見える人」は、多くの場合「自分の得意なところを、うまく前に出す方法」を身につけている、という側面もあります。
- プレゼンが得意な人は、会議で目立つ機会が増える
- 新しいことにすぐ飛び込める人は、挑戦の場に呼ばれやすくなる
- 人との関係を築くのがうまい人は、自然と情報やチャンスが集まりやすい
そうした「得意の出し方」は、才能だけでなく、経験と工夫の積み重ねでもあります。
「優秀に見える人」と自分を比べるときに、
「すべての側面で勝たなきゃ」と思うと、苦しくなる一方です。
それよりも、
「あの人は『人前で話す力』が強い。自分は『コツコツ整える力』の比重が大きいかもしれない」
のように、「強みの配置」が違うだけ、と見ることもできます。
見えている「優秀さ」は、その人の一面に過ぎない。
そこにある「背景の時間」や「別の弱さ」は、自分には見えていない。
その前提を思い出せるだけでも、「自分だけが劣っている」という感覚から、少し距離がとれます。
自分の成長線を「縦」ではなく「横」で見る
「取り残された」と感じる背景には、成長を「縦の線」で見てしまうクセもあります。
縦の線で見る、というのは、
- 年齢 × 役職
- 年数 × スキルレベル
- キャリア年数 × 年収
のように、「上に行っているかどうか」だけで自分を評価する見方です。
この物差しで見ると、
- 同い年で自分より上の役職にいる人
- 自分より短い年数でスキルを身につけている人
- 同期なのに、別の会社で年収が高い人
が、どうしても気になります。
そして、「自分は上に行けていない=成長していない」と感じてしまう。
一方で、「横の線」で自分を見てみる、という視点があります。
横の線で見るとは、
- 昔の自分と比べて、何ができるようになったか
- どんな場面で、少しだけ楽に立ち回れるようになったか
- どんな価値観が、自分の中で育ってきたか
といった、「自分の中の変化」を並べてみることです。
たとえば、こんな振り返り方があります。
- 新人の頃よりも、お客様や社内の人の話を落ち着いて聞けるようになった
- 整理されていない情報を、自分なりにまとめて形にする力がついてきた
- 以前よりも、「無理なものは無理」と言えるようになってきた
- チーム全体の状況を見て、誰に声をかけるべきか少しずつ分かるようになってきた
これらは、昇進や年収アップとは別の「横方向の成長」です。
縦の線だけを見ていると見逃してしまうけれど、自分の実感としては確かに積み重なっている部分です。
ノートやメモに、「ここ3年くらいで変わった自分のところ」を書き出してみると、
「全然変わっていない」と思っていた自分の中にも、小さな横線が何本も引かれていることに気づきます。
もちろん、縦の線(役職や年収)をまったく気にしなくていい、という話ではありません。
生活や将来の安心感にも関わる部分なので、大事にして当然です。
ただ、「縦だけ」しか見ていないと、「上がっていない=ゼロ」と感じやすくなる。
そこに「横の線」を足していくことで、「たしかに縦にはあまり伸びていないかもしれないけれど、横に広がったものもある」と、自分の成長を少し立体的に見られるようになります。
小さな「できることリスト」を積み上げる
周りと比べて落ち込んでいるとき、「自分には何もない」と感じやすくなります。
でも、本当は「何もない」のではなく、「言葉にされていないだけ」なことも多いです。
そこでおすすめなのが、小さな「できることリスト」を作ってみることです。
これは、履歴書に書けるような立派なスキルである必要はありません。
たとえば、こんな項目も立派な「できること」です。
- 初めて会う人とも、最低限の会話を保てる
- 納期をきちんと守るほうだ
- 決まった作業をコツコツ続けるのは得意
- ひとつのタスクを投げ出さず、最後までやり切ることが多い
- 誰かが困っているとき、放っておけず声をかけにいく
- 書類やファイルを整理して、分かりやすくまとめるのが好き
- 説明が苦手な人の話を、噛み砕いて他の人に伝えることができる
これらは、「社会人として当たり前」と片付けてしまいがちな部分かもしれません。
でも実際には、「当たり前」をきちんと積み重ねる人は、それ自体が大きな強みです。
「できることリスト」を作るときのポイントは、
- 大きくないことでいい
- 他人から見てすごいかどうかは気にしない
- 「自分はこれが得意かもしれない」と思えるものを素直に並べる
の3つです。
そして、このリストは一度作って終わりではなく、思いついたときに少しずつ追記していく「成長中のページ」として扱います。
「こんなこと書くほどのことでもないか」と感じるかもしれません。
そんなときこそ、「自分のことを小さく評価するクセ」が顔を出しているサインです。
周りと比べて不安になったとき、
この「できることリスト」を読み返してみると、
「自分の中にもちゃんと種がある」と少し思い出すことができます。
その種を、どう育てていくか。
どの方向に伸ばしていくか。
それを考えるのは、「取り残された」と感じている今の自分だからこそ、できることでもあります。
期待と限界のあいだに、自分なりの基準をつくる
周りが優秀に見えるとき、「自分ももっと頑張らなきゃ」と思う一方で、心も体もすでにかなり疲れている、ということがあります。
- これ以上残業を増やしたら、体がもたないと分かっている
- 新しいことを学ぶための時間を捻出するだけでも精一杯
- 仕事以外にも、家族・健康・生活のことで抱えていることが多い
そんな状態で、「周りに追いつくために、自分ももっと全部頑張ろう」とすると、
あっという間に限界を超えてしまいます。
ここで必要になるのは、
「理想」と「現実」のあいだに、自分なりの基準をつくることです。
たとえば、こんな決め方があります。
- 平日の夜は、新しい勉強や資格のために使うのは週に1〜2回までにする
- 残業は、月○時間までと線を引き、それを超えるようなら上司に相談する
- 仕事のチャレンジは「今期はこの1〜2個に集中する」と決める
周りと同じスピードで走れないことに罪悪感を抱くかもしれません。
でも、スピードを落とすのは、「あきらめ」ではなく、「長く走るための調整」です。
人それぞれ、抱えている事情や体力、心の余裕は違います。
にもかかわらず、「周りと同じペースで頑張らなきゃ」と自分を追い込み続けると、本当に大事なときに動けなくなることもあります。
「今の自分が、無理なく続けられるペースはどのくらいか」
「何を優先したいのか」
それを丁寧に考える時間をとることは、「努力をサボること」ではなく、
むしろ自分と仕事とのつき合いを真剣に選び直す、静かな一歩です。
それでもつらい環境のときに、考えていいこと
ここまで、「自分の見方」や「小さな一歩」の話を中心に書いてきました。
ただ中には、「どう見方を変えても、やっぱり今の職場はつらい」と感じるケースもあります。
たとえば、
- 競争が激しく、常に誰かとの比較が前提になっている評価制度
- 失敗や遅れに対して、人格を否定するような言葉が飛ぶ環境
- 一部の人だけが極端にチャンスを与えられ、他の人は土台にさせられている空気
こうした環境では、「自分の捉え方」を調整するだけでは、心を守りきれないこともあります。
そんなときに考えてもいいのは、「自分が今いる場所を、変える可能性」です。
いきなり会社を辞める、という話ではなくても、
- 社内で別の部署やチームへの異動を検討してみる
- 転職サイトや求人情報を眺めて、「他の職場の空気」を知ってみる
- キャリア相談やカウンセリングに行き、第三者の視点をもらう
といった小さな行動は、「今の職場だけが世界のすべてではない」と思い出させてくれます。
「周りが優秀に見える」感覚は、多かれ少なかれどこに行っても顔を出すかもしれません。
でも、「自分だけが常に劣等感を抱く立場におかれる環境」からは、離れる選択肢があってもいいのだと思います。
環境を変えることは、決して逃げではありません。
自分の力を発揮しやすい場所を探すことも、立派な「仕事との向き合い方」です。
おわりに──「取り残された自分」から始められること
周りが優秀に見えて、自分だけが取り残されているように感じるとき。
その感覚は、とてもさびしくて、心細くて、「この先どうしたらいいんだろう」と不安を膨らませてしまいます。
でも、その感覚は同時に、
「今の自分のままで生きていっていいのか」と問いかけているサインでもあります。
この記事で触れてきたことは、どれも急に人生を変えるような大技ではありません。
- 比べてしまう自分を責めすぎないこと
- 見えている「優秀さ」の裏にある時間や背景を想像してみること
- 自分の成長線を「縦」だけでなく「横」からも眺めてみること
- 小さな「できることリスト」を作り、自分の種を見える形にしておくこと
- 今の自分が続けられるペースで、努力の量と方向を決め直してみること
- どうしてもつらい環境なら、「場所を変える」という選択肢も自分に許すこと
どれも、小さくて地味な一歩です。
けれど、その一歩を「取り残された」と感じている今だからこそ、踏み出せることもあります。
周りのスピードが速く見える日は、どうしても来ます。
そんなとき、「同じ速さで走らなきゃ」と自分を追い立てる代わりに、
「自分はどのペースなら、長く歩いていけるだろう」「何を大事にしながら働きたいだろう」と、自分の足元を見つめ直してみる。
その時間そのものが、もうすでに「仕事との向き合い方」を深めている瞬間です。
今のあなたが感じている不安や焦りが、そのまま「ダメな証拠」ではなく、
これからの働き方を選び直していくための入り口になりますように。
そして、この文章のどこか一文でも、「今の自分に少し優しくなれるきっかけ」として、そばに残ってくれたらうれしいです。

