褒められてもすぐ「たまたまです」と言ってしまう人の、受け取り方トレーニング

心を軽くするヒント

誰かに「すごいね」「助かったよ」と言ってもらえたとき、反射的に「いえいえ、たまたまです」「全然です」「…運が良かっただけで」と返してしまう。相手は好意で言ってくれているのに、自分の口から出てくる言葉は、なぜかその評価を打ち消す方向ばかり。そんな自分にうっすら気づきながらも、「受け取るのが下手なのは昔からだし」「急に素直に喜ぶなんて、むずかしい」と感じている人は少なくありません。この記事では、褒め言葉をうまく受け取れずに「たまたまです」と自分の力を小さく見積もってしまう人が、少しずつ「ありがとう」と言えるようになっていくための、ゆるやかなトレーニングについて書いていきます。
「褒められて喜べる人になる」というよりも、「褒められたときに自分を攻撃しすぎない」「せっかくの言葉を、せめて半分くらいは自分の中に残してあげる」ことを目標に、できる範囲の小さな練習を集めました。読んでいる途中で、「これは自分にもできそうだな」と感じるところがひとつでもあれば、そこだけ拾ってもらえたらうれしいです。


なぜ、褒められると「たまたまです」と言ってしまうのか

まず最初に、「どうして自分は、褒められたときに素直に『ありがとう』と言えないんだろう?」というところから、ゆっくり見ていきたいと思います。
多くの場合、それは単に性格がひねくれているからでも、素直さが足りないからでもなく、長い時間をかけて身につけてきた“生き方のクセ”のようなものが関係しています。

一つは、「謙遜が美徳」とされてきた文化の影響があります。
子どもの頃から、誰かに「すごいね」と言われたときに、「いえいえ」とすぐに否定する大人の姿を見て育ってきた人も多いはずです。「調子に乗ってはいけない」「自分で自分を褒めるなんて、図々しい」といった空気は、学校や家庭、職場のあちこちに存在してきました。「そんなことないですよ」と言える人が“できた大人”だという感覚を、いつの間にか自分の中にもインストールしていたのかもしれません。

もう一つは、「期待されることへの怖さ」です。
褒め言葉を真正面から受け取ってしまうと、「次も同じようにやらなきゃいけない」「次はもっとできていないとがっかりされる」というプレッシャーがセットでついてくるように感じられることがあります。
「たまたまです」と言っておけば、「次に同じレベルの結果が出なくても責められないかもしれない」「ハードルをこれ以上上げずに済むかもしれない」という、心の防衛反応が働くのです。

さらに、自己肯定感が低めの人にとっては、褒め言葉そのものが「自分の感覚とズレたもの」として受け取られます。
相手が「よかったよ」と言ってくれていても、自分の中では「全然そんなレベルじゃない」と点数をつけている。
そのギャップを埋められないまま言葉だけが飛んでくると、「そんな過大評価は、自分にはふさわしくない」と感じて、つい打ち消してしまうのです。

なので、まず覚えておきたいのは、
「褒め言葉を受け取るのが苦手なのは、自分がひねくれているからというより、長年身につけてきた“守り方”の一つなんだ」
という視点です。
自分を守るために身につけたクセなら、それをいきなり全部やめる必要はありません。ただ、今の自分には少し窮屈になってきたかもしれないこの「守り方」を、これから少しずつ、楽な形に調整していくことはできます。


「たまたまです」が積み重なると、どんな苦しさが生まれるのか

「たまたまです」「運がよかっただけです」という言葉は、一度口にしただけなら、確かに大きな問題には見えません。
むしろその場では、「謙虚な人だな」と好印象を持ってもらえることもあるかもしれません。

でも、この言葉を何年も、何十回も、何百回も繰り返していくと、少しずつ、自分自身との関係性に影響が出てきます。
それは、じわじわと効いてくる種類の苦しさです。

たとえば、こんなことが起きやすくなります。

誰かが心から「あなたのおかげで助かった」と言ってくれても、自分の中ではその言葉を受け止める場所がなくなってしまいます。
嬉しさより先に、「そんなことない」「あれは偶然が重なっただけ」といった否定の声が立ち上がってくる。
それは、「人からの好意」や「感謝」を、自分の心の中に長く残しておけない状態です。
結果として、せっかくの嬉しい出来事も、すぐに流れていってしまいます。

また、「たまたま」「偶然」「周りのおかげ」という言葉ばかり使っていると、やがて「自分がしたこと」「自分が積み重ねてきたこと」の輪郭が、ぼんやりしてきます。
自分の頑張りや工夫が、自分の記憶からも、少しずつ薄くなっていくのです。
すると、「自分には特に誇れるものなんてない」「たまたま周りに恵まれてきただけだ」という感覚が、だんだんと強くなっていきます。

さらに、周りの人との関係にも、微妙な距離が生まれます。
褒めた相手からすると、「ほんとうにそう思っているのに、いつも否定されてしまう」「自分の気持ちを受け取ってもらえない」と感じることがあります。
最初のうちは「謙虚な人だな」で済んでも、それが続くと、「この人は自分の言葉を信じてくれていないのかな」と、少し寂しさを感じさせてしまうこともあるのです。

つまり、「たまたまです」は、短期的には自分を守ってくれる言葉かもしれませんが、長期的に見ると、
・自分の頑張りや成長を、自分で認められなくなる
・人からの好意や感謝が、心に残りにくくなる
・周りとの間に、見えない壁ができてしまうことがある
というリスクも抱えています。

だからといって、明日からいきなり「全部素直に喜びましょう」と言うつもりはありません。
大切なのは、「このままずっと『たまたまです』だけでいくと、自分がちょっとしんどそうだな」と気づいてあげること。
そのうえで、「じゃあ、ほんの一部だけでも、違う言葉を選んでみる練習をしてみようか」と、ゆるやかに方向を変えていくことです。


まずは「心の中だけで受け取る」練習から始めてみる

褒め言葉をいきなり口で受け取るのは、ハードルが高いと感じるかもしれません。
「ありがとうと言わなきゃ」と思えば思うほど、口が固まってしまうこともあると思います。

そこで提案したいのは、最初は「心の中だけで受け取る」練習から始めてみることです。
つまり、相手にはまだ「たまたまです」「いえいえ」と返してしまってもいいので、その裏側で、自分に向けてそっと別の言葉をかけるイメージです。

たとえば、職場でこんなやりとりがあったとします。
「この前の資料、とても分かりやすかったよ。ありがとう」と上司に言われた。
いつものクセで口からは「いえいえ、たまたまです」「皆さんがサポートしてくださったおかげで」と出てしまう。

その瞬間、心の中でだけ、こうつぶやいてみます。

「本当のところは、うれしい」
「そう言ってもらえて、ほっとしている自分がいる」
「完璧じゃなかったかもしれないけれど、自分なりに工夫したのは事実だよね」

外側の言葉はまだ変えられなくても、内側の対話は、今からでも少しずつ変えることができます。

時間がある日には、メモ帳やスマホのノートに「今日褒められたことメモ」をつけてみるのも一つの方法です。
大袈裟な形でなくてかまいません。

・○月○日 Aさんに「〇〇の対応、助かった」と言われた
・自分なりにやっていた工夫:メールの文面を何度か推敲したこと/相手の立場に立って説明を考えたこと

最初は、「大したことじゃない」と感じるかもしれません。それでも、「誰かが良いと感じたポイントが、自分の中ではどんな行動や工夫だったのか」を書き残しておくことで、少しずつ「自分の頑張りの地図」ができていきます。

この段階では、まだ「口でうまく返す」ことは目標にしなくて大丈夫です。
「受け取ることに慣れていない自分」がいるなら、その自分のペースに寄り添ってあげること。
心の中だけでも、「そんなことないです」と否定する癖を、ほんの少し弱めていくこと。それが、受け取り方トレーニングの第一歩になります。


受け取り方トレーニング① その場での小さな言い換えを用意しておく

心の中だけで受け取る練習が、少しずつ馴染んできたら、次は「その場での返し方」をほんの少しだけ変える練習をしてみます。
といっても、いきなり完璧な返答を目指す必要はありません。「今までより、ほんの一言だけ前に進んだ返し方」を用意しておくイメージです。

たとえば、これまでの自分は、褒められたときに

  • 「いえいえ、全然です」
  • 「たまたまうまくいっただけです」
  • 「そんなことないですよ」

のどれかしか言葉が出てこなかったかもしれません。
ここに、新しい「選択肢」を一つだけ加えてみます。

選択肢1:否定+小さな「ありがとう」

いきなり否定をゼロにするのが難しければ、「否定に、ありがとうを足す」という折衷案もありです。

  • 「いえいえ、そんな…でも、そう言ってもらえてうれしいです」
  • 「たまたま、ですね。でも、見ていてもらえてよかったです」

完璧な「ありがとう」にしなくて構いません。
自分の中でいきなりハードルが上がりすぎないように、「従来の自分」と「これからの自分」のあいだくらいを探してみます。

選択肢2:相手の視点を尊重する返し方

褒め言葉を受け取る、というと、「自分を認めなきゃ」と考えてしまいがちですが、「相手の見立てを尊重する」と考えると、少しラクになることがあります。

  • 「そう見てもらえたなら、うれしいです」
  • 「そうやって言ってもらえると、少し自信になります」

「自分でもそう思っている」と言い切らなくても、「相手がそう感じたこと」を受け取るなら、少し気持ちが軽くなります。

選択肢3:一部だけ受け取る

褒め言葉の中には、「自分では納得しきれないところ」と「たしかにそうかもしれないところ」が混ざっていることがあります。
全部を受け取るのが難しいなら、「一部だけ受け取る」返し方も使えます。

  • 「全体としてはまだまだですが、○○の点は自分でも意識していたので、そこを見てもらえてうれしいです」
  • 「改善したいところはまだあるんですが、今回の△△についてはがんばったので、そう言ってもらえると励みになります」

こうした言い方なら、「課題はある」という自分の感覚も大事にしつつ、「褒めてもらえた部分だけ」はちゃんと受け取ることができます。

こうした返し方を、いきなり本番で思いつくのはなかなか難しいものです。
なので、家で一人のときに、口に出して練習してみるのもおすすめです。
小さな声で、「そう言ってもらえてうれしいです」「見ていてもらえて良かったです」と何度かつぶやいてみる。
最初はむずがゆくても、「自分の口がその言葉を知っている」というだけで、本番のときに少し出やすくなります。


受け取り方トレーニング② その場で受け取れなかった自分を責めない

どれだけ練習しても、実際の場面では、やっぱりいつものクセが出てしまうことがあります。
誰かに褒められたのに、「いえいえ、全然です」と勢いで言ってしまい、「また否定しちゃった…」と後から自己嫌悪になる。
そんな経験は、何度も繰り返されるかもしれません。

ここで大事にしたいのは、「その場で受け取れなかった自分」を責めすぎないことです。
「せっかく練習したのに、わたしはダメだ」「やっぱり変われない」と自分を責め始めると、トレーニングそのものが苦痛になってしまいます。

むしろ、こんなふうに捉え直してみてもいいかもしれません。

「今日の自分は、まだいつものクセが勝ったな」
「でも、『またやっちゃったな』と気づけただけでも、一歩進んでいる」

気づけるようになったということは、それだけ自分のクセを客観的に見られるようになってきた、ということです。
以前は、褒められて即否定しても、それを「当たり前」としか感じていなかったかもしれません。
「今の返し方、ちょっともったいなかったな」と思えるようになっただけでも、それは変化の途中にいる印です。

そして、家に帰ってからでも遅くありません。
その日の夜、メモ帳を開いて、こんなふうに書いてみます。

・今日は、○○さんに「プレゼンよかったよ」と言われたけれど、「いえいえ、全然です」と返してしまった
・本当は、「そう言ってもらえてうれしいです」と言いたかった
・でもその瞬間、恥ずかしさが勝ってしまった
・それくらい、今まで積み重ねてきたクセが強いんだな

そのうえで、自分に向けてこう言ってあげます。

「次、同じようなことがあったら、今日より半歩だけ前に進めたらいい」

トレーニングの目標は、「突然別人のように振る舞うこと」ではなく、「少しずつ、前と違う選択肢を取れる場面を増やしていくこと」です。
一度や二度うまくいかなかったくらいで、「全部失敗」と決めつけなくても大丈夫です。


受け取り方トレーニング③ 褒め言葉と一緒に「プロセス」を思い出してみる

褒め言葉を受け取るのが難しいのは、「結果」だけを見られているように感じるから、ということもあります。
「今回はたまたまうまくいっただけで、本当の実力じゃない」と感じてしまうのは、自分の目線が「結果か、ゼロか」の二択になっているからかもしれません。

そこで、褒められたときに意識したいのが、「プロセスも一緒に思い出してみる」ということです。

たとえば、「今回の資料、とてもわかりやすかった」と言われたとき。

その一言だけを受け取ろうとすると、「いやいや、自分の力じゃない」と打ち消したくなるかもしれません。
でも、その資料を作るまでに、自分がやってきた細かなプロセスを思い出してみると、見え方が少し変わってきます。

・最初の構成案を作るのに、何案か試行錯誤した
・相手の部署の人に事前にヒアリングして、知りたいポイントを確認した
・グラフや表の形を変えながら、「どれが一番伝わるか」を考えた
・締切の前日、もう一度見直して誤字脱字をチェックした

こうした一つひとつのプロセスは、「たまたま」ではありません。
自分なりに時間とエネルギーを使って積み重ねてきた、小さな選択と行動の集まりです。

褒め言葉を受け取るとき、頭の中でそっとこう付け加えてみます。

「結果にはいろいろな要素があったかもしれないけれど、
少なくとも、自分はこういうプロセスを積み重ねてここまで来た」

そうすると、褒め言葉が、「謎のご褒美」から、「自分のプロセスの一部へのフィードバック」に変わっていきます。
全部を自分だけの手柄にしなくていい。でも、「自分のやってきたこと」が何も関係ないわけでもない。
その中間のところに、少しずつ意識を置いてみます。


「褒められると落ち着かない」の奥にあるものを、やさしく見つめてみる

ここまでいくつかのトレーニングを書いてきましたが、それでも「褒められると、どうしても心がざわざわして落ち着かない」という人もいると思います。
そんなときは、「受け取り方の技術」だけでなく、その奥にある気持ちにも、少しだけ目を向けてみるタイミングかもしれません。

たとえば、こんな背景が隠れていることがあります。

・子どもの頃、「褒められたあとに急に厳しくされる」という経験を繰り返してきた
・期待されたあとにうまくできず、「なんで出来ないの」と怒られた記憶が強く残っている
・家庭や学校で、「調子に乗るな」「自慢げにするな」と言われることが多かった
・兄弟姉妹や周りの子と比べられることが多く、「褒められる=誰かと比べられる」という感覚が染み付いている

こうした経験があると、「褒められる=このあと何かが起こる合図」のように感じられることがあります。
褒め言葉そのものが怖いのではなく、「その先にあるかもしれない期待やプレッシャー、がっかりされる未来」が怖いのです。

もし心当たりがあれば、ノートのどこかに、こんなふうに書いてみてもいいかもしれません。

「わたしは、褒められることそのものより、『褒められたあとどうなるか』がこわいのかもしれない」

その一文を書くことで、「褒められ下手な自分」への見方が少し変わります。
ただの「素直じゃない自分」ではなく、「過去の経験から、自分を守ろうと工夫してきた自分」として見えてくるからです。

過去の体験そのものを消すことはできません。
でも、「いま目の前にいる人は、そのときの誰かとは違う」ということを、少しずつ体験していくことはできます。

何度か褒められても、その後すぐに責められるわけではなかった。
期待をかけられても、うまくいかなかったときに「大丈夫だよ」と言ってもらえた。

そういう小さな経験を積み重ねることが、ゆっくりと「褒め言葉への恐れ」を薄めていきます。
そのためにも、「褒められる度に反射的に打ち消す」というパターンから、「少し間を置いて返す」「一部だけ受け取る」というパターンに、少しずつ移行していけたらいいのだと思います。


自分も誰かを褒めてみると、見えてくるもの

もし心と余裕があるタイミングがあれば、「自分が誰かを褒める側に立ってみる」という視点も、とても大きなヒントをくれます。

日常の中で、ふと「この人のここ、いいな」と思う瞬間はないでしょうか。
・仕事の進め方が丁寧な同僚
・さりげなく周りを気遣ってくれる友人
・いつも穏やかな店員さんや、ご近所の人

そんな人たちに、ほんのひと言だけでも言葉をかけてみます。

  • 「〇〇さんの説明、いつも分かりやすくて助かってます」
  • 「さっきのフォロー、本当にありがたかったです」
  • 「その一言をもらえて、すごく気持ちが軽くなりました」

相手がどう反応するかは、その人の自由です。
もしかしたら、「いえいえ」と言って流すかもしれないし、「そう言ってもらえてうれしい」と笑ってくれるかもしれません。

どちらにしても、自分が褒める側に立つと、こんな感覚を味わうことがあります。

・自分が伝えた小さな言葉で、相手の表情が少し柔らかくなる
・相手が「そんなことないですよ」と否定したとき、少しさみしさを感じる
・「いや、本当にそう思って言ってるんだけどな」と、心の中でもう一度伝えたくなる

そのとき、「あ、自分に褒め言葉をくれたあの人も、同じような気持ちで言ってくれていたのかもしれない」と、少しだけ想像できるようになります。

自分が誰かを褒めたとき、「そんなことないですよ」と返されたら、きっと多くの人は、「そんなことないってことないのにな」と感じるはずです。
それは、あなたに褒め言葉をくれた人も、きっと同じです。

「褒められるのが苦手な自分」をいきなり変えなくても、
「褒めてくれた人の気持ちを、一度信じてみる」というところから、少しずつ受け取る力は育っていきます。


おわりに──褒め言葉を、自分を責める材料にしないために

褒められるたびに「たまたまです」と言ってしまうのは、長い年月をかけて積み重ねてきた習慣です。
それを明日から急にやめるのは、きっと難しいと思いますし、やめなければいけないわけでもありません。

ただ、その習慣がいつの間にか、自分の心をじわじわと削ってしまっていることに気づいたなら、
そこから先の人生を、少しだけ違うやり方で歩いてみることもできます。

この記事で書いてきたのは、そんなときのための、小さな選択肢たちです。

・まずは、心の中だけでも「うれしい」と認めてみること
・その場で言えなくても、あとからメモに書き留めて、自分の頑張りのプロセスを思い出してみること
・「たまたまです」に、一言だけ「そう言ってもらえて、うれしいです」を足してみること
・受け取れなかった日も、「気づけた自分」を責めすぎないこと
・褒められることが怖い背景に、過去の経験や期待への恐れが隠れていないか、そっと見つめてみること
・たまに、自分も誰かを褒める側にまわってみて、「言葉を渡す側の気持ち」に触れてみること

どれも、劇的な変化ではありません。
でも、こうした小さな練習を続けていくうちに、「褒められるたびに自分を責める」パターンは少しずつ弱まり、「褒められたときに、自分を丸ごと否定しなくて済む」時間が増えていきます。

褒め言葉を、全部100%信じる必要はありません。
「そうかなぁ」と思いながらも、せめてそのうちの1割でも、自分の中に残してあげること。
その1割が積み重なっていくと、やがて、自分を見る目の土台が、ゆっくりと変わっていきます。

今日、誰かからかけてもらった言葉が、もし頭の隅に残っているなら、
寝る前にその言葉をそっと思い出して、「本当はあのとき、うれしかった」と自分にだけ打ち明けてみてください。
その小さな告白から、「受け取ることに慣れていない自分」との、新しい付き合い方が始まっていきます。

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