30代になってから、「仕事でちょっとした失敗をすると、その出来事だけじゃなくて、自分という人間そのものがダメな気がしてしまう」。そんな感覚に悩んでいる人は少なくありません。立場や責任が少しずつ重くなり、周りからも「もう中堅だよね」と見られ始める時期だからこそ、「こんな失敗をするなんて」「まだこんなレベルなのか」と、自分に向ける目も厳しくなっていきます。この記事では、自己肯定感が低いと感じる30代の人が、仕事での失敗を「自分の価値」とぴったり結びつけてしまわないための考え方や、小さな習慣についてゆっくり書いていきます。「失敗しない人になる」ことがゴールではなく、「失敗しても、自分を見捨てずにいられる自分でいること」を大事にしながら、一緒にたどっていけたらと思います。
自己肯定感が低い30代が、「失敗」で深く傷つきやすい理由
20代の頃は、失敗しても「まだ若いし」「経験だよ」と周りからも自分からも言いやすかったのに、30代になると、同じミスでも重さが違って感じられることがあります。
自分より若い後輩や部下ができて、「教える側」に回る場面が増えていく。
任される仕事も、金額や責任の大きい案件になっていく。
そんな中でミスをすると、ただの失敗ではなく、次のような思いが一気に押し寄せてくることがあります。
- 「30代にもなって、こんなこともできないのか」
- 「自分より若い人のほうが、よっぽどしっかりしている」
- 「こんな人間に任せてしまって、周りにも申し訳ない」
自己肯定感が低いと、もともと「自分は十分じゃない」「もう少しちゃんとしていないといけない」という感覚を抱えやすいものです。
そこに「30代」「中堅」「責任のある立場」というラベルが重なると、自分への要求水準はどんどん高くなっていきます。
「これくらいできて当然」
「むしろ、もっとできていないといけない」
そんな前提が心の中にあると、少しの失敗でも「大きな欠陥」を見つけたような気持ちになるのは、ある意味で自然な反応です。
だからこそ、最初に覚えておきたいのは、
30代になって仕事の失敗で深く落ち込んでしまうのは、
あなたが怠け者だからでも、弱いからでもなく、
「自分に求めるハードル」がとても高くなりがちな時期だから
ということです。
「こんなことで落ち込んでちゃダメだ」と自分を叱る前に、
「この立場で、この責任で、よくここまでやってきたよな」と、一度ここまでの道のりを振り返ってあげてもいいのだと思います。
仕事の失敗と「自分はダメだ」のあいだで起きていること
自己肯定感が低いと、仕事での失敗と「自分はダメだ」という結論が、ほとんど一本の線でつながってしまうことがあります。
頭の中では、こんな流れが高速で起きています。
- ミスや失敗が起きる
- 「どうしてこんなこともできなかったんだ」と自分を責める
- 「やっぱり自分は能力がない」「向いていない」という言葉が浮かぶ
- その言葉が、「自分には価値がない」「ここにいてはいけない」という感覚につながっていく
本当は、「一つの失敗」と「自分の価値」は、別々に扱うことができます。
けれど、自己肯定感が低い状態では、その間にクッションが少なく、ほとんど直結しているように感じられてしまうのです。
たとえば同じミスをしても、自己肯定感が比較的安定している人は、
「今回はうまくいかなかったな」「対策を考えよう」と、出来事と自分を少し距離を置いて見ることができます。
一方で自己肯定感が低い状態だと、
「うまくいかなかった」→「自分が悪い」→「自分はダメ」という、自己否定のルートに一気に飛び込んでしまいやすい。
ここで大切なのは、「自分はメンタルが弱い」と決めつけることではなく、
「自分の中では今、こういうルートが走りやすくなっているんだな」と気づくことです。
どんな思考のクセも、「気づける」と少しだけ扱いやすくなります。
気づかないまま「これが現実だ」と信じ込んでいると、自分を責め続けるしかなくなってしまいます。
「ミスした瞬間から、『ああやっぱりダメだ』と心の中で聞こえてくる」
もしそう感じるなら、その自動音声の存在にまず気づいてあげること。
それが、失敗と自分の価値を切り離していく最初の小さな一歩になります。
失敗を「事実」と「物語」に分けてみる
仕事の失敗を「自分の価値」と結びつけないためには、
出来事の「事実」と、その上に自分がかぶせている「物語」を分けてみることが役に立ちます。
たとえば、こういうミスがあったとします。
- 納期を1日遅らせてしまった
- お客様へのメールで重要な添付ファイルをつけ忘れた
- 会議資料の数字に誤りがあり、指摘された
これが「事実」です。
一方で、心の中では、こんな「物語」が始まっていることがあります。
- 「社会人失格だ」
- 「自分はどこに行っても通用しない」
- 「この会社にいても迷惑をかけるだけだ」
このとき、「事実」と「物語」がガッチリ一体化していると、
「ミスをした=社会人失格」という世界しか見えなくなってしまいます。
そこで試してみたいのが、紙やメモアプリを使って、
左に「事実」、右に「物語」を書き分けてみる方法です。
【例】
左の列(事実):
・〇月〇日、〇〇案件の納期が1日遅れた
・原因は、A社からの追加依頼への対応で時間を取られたことと、自分の見積もりの甘さ
右の列(物語):
・自分は時間管理がまったくできない
・30代にもなって、こんな初歩的なミスをするやつはダメだ
こうやって並べてみると、
「事実」と「自分の評価」が別物であることが、少しだけ目で見てわかるようになります。
右側の「物語」のほうは、落ち込んでいるときにはどうしてもきつい言葉になりがちです。
でも、「あ、これは事実ではなく、今の自分が作っている物語なんだな」と気づくだけでも、ほんの少しだけ距離ができます。
そして、少し落ち着いてから、右側を書き換えてみることもできます。
- 「時間管理はまだ改善の余地がある」
- 「今回は見積もりが甘かった。次回は余裕を持ったスケジュールを組む必要がある」
こうして書き換えた言葉は、「自分の価値」を裁くものではなく、「行動」を調整するための言葉に近づいていきます。
「失敗=自分が悪い」ではなく、
「失敗=何かを見直すサイン」として扱う練習を、何度も何度もやっていく。その積み重ねが、少しずつ自己肯定感の土台を厚くしていきます。
「ちゃんとできて当然」という前提をゆるめてみる
自己肯定感が低い30代の人は、とても真面目で責任感が強いことが多いです。
その真面目さはもちろん大きな強みですが、「ちゃんとできて当然」「失敗しないのが普通」という前提と結びつくと、自分を苦しめる方向にも働いてしまいます。
たとえば、頭の中でこんな基準が密かに動いていないでしょうか。
- 任された仕事は、ミスなく完璧にこなすのが当たり前
- 30代なら、もう教えられる側ではなく、教える側でなければいけない
- 後輩の前で失敗するなんて、有り得ないことだ
こうした「当たり前」の基準が高くなればなるほど、一つの失敗が許されないものに感じられていきます。
でも、現実の仕事の現場を見渡してみると、「失敗しない人」はほとんどいません。
経験豊富な上司でも、ときには判断を誤ることがあります。
ベテランの同僚でも、思い違いや見落としをすることがあります。
むしろ違いがあるとしたら、「失敗をゼロにしているかどうか」ではなく、
「失敗したときにどう扱っているか」「そこから何を学んでいるか」のほうかもしれません。
「ちゃんとできて当然」という世界から、一歩だけ外に出てみると、こんな前提もあり得ます。
- 「人間である以上、失敗ゼロは不可能」
- 「ただし、同じ失敗を減らしていく工夫はできる」
- 「失敗を自分攻撃の材料にするのではなく、仕事の改善の材料に変えていく」
この前提に切り替わると、失敗が「自分の価値を測るテスト」から、「やり方を調整するための情報」に近づいていきます。
もちろん、頭でわかっていても、心がすぐについてこないこともあると思います。
それでも、「そうか、自分は今『ちゃんとできて当然』の世界に住んでいるんだな」と気づくだけでも、少しだけ景色が変わります。
「当然」を少しずつゆるめていくこと。
それは、自分を甘やかすことではなく、「人間としてのリアルな基準」に戻していく作業です。
失敗の中に「守れているもの」を探してみる
仕事で失敗したとき、私たちは「できなかったこと」「迷惑をかけたこと」にばかり目が行きがちです。
もちろんそこを見つめることも必要ですが、一方で「それでも守れているもの」に目を向けてみることも、自己肯定感を支えるうえで大切です。
たとえば、こういうことはなかったでしょうか。
- ミスに気づいたあと、すぐに上司や関係者に報告した
- 言いづらい状況の中でも、お客様にきちんと謝罪した
- 自分の中では苦しい中で、必要な対応を最後までやり抜いた
- 誰かに責任をなすりつけるのではなく、自分の関わりを振り返ろうとした
結果としては失敗かもしれない。
でも、その中で自分が大切にしたものや、勇気を出して取った行動が、必ずどこかにあるはずです。
失敗の中にも、「守ろうとした価値」が含まれている。
たとえば、
- 誠実さ
- 責任感
- 周りへの気遣い
- 諦めずに向き合おうとする姿勢
こうしたものは、たとえ結果が思うようにならなくても、あなたの中に確かに存在しているものです。
ノートに、「今回の失敗の中でも、自分が守れたもの」を書き出してみるのもおすすめです。
- 怖かったけど、隠さずに報告した
- 逃げたかったのに、最後まで対応を続けた
- 次に同じことが起きないように、仕組みを見直そうと考えた
これらはすべて、「あなたという人」の大事な一部分です。
失敗のたびに自分を丸ごと否定するのではなく、
「結果はうまくいかなかったけれど、自分はここだけは守ろうとしていた」と確認してあげること。
それは、「どんなときでも、自分を完全に見放さない練習」のようなものかもしれません。
自己肯定感が低いままでもできる、やさしい振り返りの手順
「自己肯定感を高くしよう」と思うと、かえって苦しくなることがあります。
急にポジティブになれと言われても、心がついてこないからです。
ここでは、「自己肯定感が低いままでもできる」振り返りの手順を、できるだけやさしく書いてみます。
大げさなワークではなく、仕事帰りの少し疲れた頭でもなんとかできるくらいのシンプルさを意識しています。
① まずは「今日はつらかったね」と一言だけ書く
失敗直後は、頭の中に言葉があふれすぎている状態です。
いきなり細かい振り返りをしようとせず、まずは一言だけ。
- 「今日は本当によくがんばった」
- 「かなりつらかった」
どちらでもいいので、今の自分の状態を一言だけ書いてみます。
それだけでも、「つらさを言葉にした自分」を少し認めてあげることができます。
② 起きた事実を3行くらいで書く
次に、「事実」を短くまとめます。
- 何があったのか
- いつ、誰と、どんな場面で起きたのか
ここでは、「自分は」「ダメだった」などの評価の言葉は、できるだけ書かずに、客観的な記録を意識します。
例)
・〇月〇日、A社向けの見積もりに単価の記載ミスがあった
・先方から指摘の連絡があり、上司と一緒に謝罪対応をした
これくらいの短さで大丈夫です。
③ 自分が感じたことを、そのまま書いてみる
次に、事実とは別に、「そのとき、自分がどんなふうに感じたか」を書きます。
- 恥ずかしかった
- 悔しかった
- 申し訳なくて、消えてしまいたい気持ちになった
ここは、きれいな言葉でまとめる必要はありません。
誰にも見せない前提で、いちばん正直な気持ちを書いてみます。
④ 守れたもの・がんばったところを書いてみる
少し落ち着いてきたら、「それでも自分が守れたもの」を一つでも探して書いてみます。
- 怖かったけど、すぐに上司に報告した
- 相手のせいにしないように気をつけて話した
- 同じことが起きないように、チェックリストを作ろうと思った
ひとつでも見つかったら、それで十分です。
見つからない日もあるかもしれません。そのときは、「今日は見つからなかった」と書くだけでも、何もしないよりは、自分を観察する一歩になります。
⑤ 「もし友だちが同じ失敗をしたら、何と言うか」を考えてみる
最後に、「もし同じことを友だちがして落ち込んでいたら、自分は何て声をかけるだろう」と想像してみます。
きっと、
- 「確かに失敗しちゃったけど、それだけであなたの価値が決まるわけじゃないよ」
- 「次どうするか、一緒に考えよう」
そんな言葉が出てくるのではないでしょうか。
その言葉を、そのまま自分にも向けてみます。
最初はうまく信じられないかもしれません。でも、「自分にもこういう言葉をかけていい」と知っておくことは、自己肯定感をそっと支える小さな一歩になります。
それでもつらいときの、「人に頼る」練習
自己肯定感が低い人ほど、「自分でなんとかしないと」「こんなことで人に頼るなんて」と、自分ひとりで抱え込みやすい傾向があります。
でも、失敗で心が大きく傷ついているとき、誰かに話すことは決して甘えではありません。
もちろん、誰にでも何でも打ち明ける必要はありません。
信頼できる人を一人か二人、思い浮かべてみます。
- 同じ職場の中で、比較的話しやすい先輩や同僚
- 会社の外の友人や家族
- 必要であれば、社外の相談窓口やカウンセラー
話すときのポイントは、「どちらが悪いかをジャッジしてもらう」のではなく、
「ただ話を聞いてもらう」「自分の感じていることを言葉にする場にしてもらう」ことです。
たとえば、最初にこうお願いしてみるのも一つです。
「今日の仕事で失敗してすごく落ち込んでいて…。
どっちが悪いとか、誰が正しいかを決めたいわけじゃなくて、
ただ話を聞いてもらえたらうれしい」
そう伝えた上で話すと、「評価」ではなく「共感」を受け取りやすくなります。
自分ひとりの頭の中で反すうしていると、失敗はどんどん巨大化していきます。
誰かに話すことで、「そんな言い方されたら、そりゃつらいよ」「それでもきちんと対応したんだね」と、別の見え方を返してもらえることがあります。
自己肯定感が低いと、「他人の優しい言葉を受け取る」ことも練習が必要です。
最初はうまく信じられなくても、「そんなふうに見てくれる人もいるんだ」と知っておくこと。
それだけでも、自分を責める声一色だった世界に、少しだけ違う色が混ざり始めます。
おわりに──失敗とともに生きる30代へ
30代になると、仕事の失敗がただの「ミス」ではなく、「自分の人生」「将来」「価値」とつながって感じられてしまうことがあります。
自己肯定感が低いと、そのつながりはいっそう強くなり、「一度の失敗=人生の敗北」のように思えてしまうこともあるかもしれません。
でも、本当は、失敗を経験してこなかった人などほとんどいません。
見えていないところで、誰もがたくさんの失敗や恥ずかしさ、悔しさを抱えながら、それでもなんとか前に進んでいます。
あなたが今感じている落ち込みや苦しさは、
「仕事を真剣に受け止めていること」
「自分の役割や責任を軽く見ていないこと」
の裏返しでもあります。
この記事で書いてきたことは、どれも小さな工夫ばかりです。
- 失敗を「事実」と「物語」に分けてみること
- 「ちゃんとできて当然」という前提を少しゆるめてみること
- 失敗の中にも、自分が守ろうとしていたものを探してみること
- 自己肯定感が低いままでもできる、やさしい振り返りの手順を持っておくこと
- ときには誰かに話を聞いてもらい、「自分だけの見え方」から少し外に出てみること
どれかひとつでも、「これならやってみられそうだな」と思えるものがあれば、そこからで十分です。
一度の失敗で自分を丸ごと否定してしまう代わりに、「あの日あんな失敗をした自分も含めて、自分なんだよな」と、少しずつ受け入れていけますように。
仕事の失敗と、自分の価値を切り離すことは、
「完璧な自分」を目指す旅をやめて、「不完全なままの自分」と長く付き合っていく旅を始めることでもあります。
その旅の途中で、何度も落ち込む日があって当然です。
それでも、そのたびに少しだけ優しい言葉を自分にかけ直してあげられたら、自己肯定感という土台は、時間をかけてゆっくりと育っていきます。
今日、ここまで読み終えたあなたは、それだけで十分に、自分と向き合おうとしている人です。
その事実だけは、どうか否定せずに、そっと胸のどこかに置いておいてもらえたらうれしいです。

